自分の生活を記録すること

02.メンタルヘルスのこと
この記事は約6分で読めます。

今からちょうど5年前、2014年4月22日、新卒で入った会社をバックレた。

当時の私は、直属の先輩から、それはそれはもう苛烈なパワハラを受け、毎日ヒィヒィ言っていた。そのせいで、持病の双極性障害(躁うつ病)も劇的に悪化していて、毎日逃げ出すことばかり、もっと具体的に言うと、死ぬことばかり考えていた。そんな日々が続くなか、ある日突然、死ぬ決意がついた。

自殺するにしても、イヤな記憶が染みついた街、イヤな記憶が染みついた自宅の部屋で死ぬのは、イヤだと思った。海で死にたい、そう思って、会社をバックレて電車に乗り、終点から終点へ、海へ向かって、電車を乗り継いでいった。

そのまま約3週間、東日本を放浪した。結局は、死ねずに帰ってきてしまうわけだが、道中で遺書がわりに日記を書いていた。毎日毎日毎日毎日死ぬことばかり考えていて、でもどこかでは「死にたくない」と思っていて、それを日記に書くのは、すごくつらいことだったと思う。ワープロで書いていたのだが、帰ってきてから数年は、日記のデータを見返すことすらできなかった。

退職してから数年経って、ようやく日記を読み返す勇気が出てきた。会社をバックレた当時は、うつ症状もひどくなっていたから、ろくに睡眠もとれず、ずっと疲労困憊していて、頭のなかの記憶としては、曖昧にしか残ってはいない。だから、当時のことをはっきりと思い出すのはむずかしい。正直、なにが書いてあるのか、読んでみるまでわからなかった。

会社をバックレていたときの日記を読み返すと、そこには、会社や先輩への怨嗟、寄る辺のない不安、「死にたい」と「生きたい」を行ったり来たりする葛藤が、ミッチリ書かれていた。記憶はアヤフヤなので、ハッキリしたことは言えないが、多分毎日とんでもない量の憂鬱を抱えていたんじゃないだろうか。当時の日記には、「寂しい」「つらい」「死にたい」「死にたくない」という気持ちが、毎日切々と書いてある。

日記を書いていたときは、とてもつらかっただろう。今読み返しても、やはりつらい。ただ、この「日記を書く」「日記を読む」というプロセスは、私の人生にとって、必ず必要だったと思う。

日記を書くことについて。会社をバックレている最中に、日記という形で、毎日憂鬱を吐き出してくれていて、本当によかったと思う。もし日記を書かずに、憂鬱をため込んだままでいたら、いつか耐えきれなくなって、予定どおり自殺を遂げていたかもしれない。日記を書くことで、少しずつではあるが、自分のなかに鬱積した感情を吐き出せていたと思う。

あと、当時は精神的にギリギリの状態だったのと、思い出したくない出来事ばかりだったので、頭のなかの記憶としては、ちゃんと残っていない。でも、当時の私が、毎日の日記という形、文章という形で記録をしてくれていたおかげで、当時はどんな気持ちだったか、なにが起こったかを、今でも振り返ることができる。

日記を読むことについて。会社をバックレた当時の日記を読み返すのは、今でもつらい。せっかく忘れかけていた、当時の孤独感やみじめさを、否応なく思い出させられる。ずっと忘れようとしてきた、膨大な量のマイナス感情を、まとめて掘り返されるような気持ちになる。ただ、マイナスな感情も、「日記」という形で自分の外へ出してしまうと、どこか客観的に見られるようになる。

自分の日記を読み返していると、それが過去の話、もう過ぎた話であるせいか、どこか他人事のように思えてくる。自分のなかにある苦悩は、とても扱いづらいが、自分の外にある苦悩は、案外扱いやすい。マイナスな感情こそ、自分の外へ、目に見える形で出して、ケアしていくべきなのだろう。イヤな記憶や忘れたい記憶にフタをしてほうっておくと、後々でつまづきの種になる気がする。

会社をバックレたこと、私の人生にとっては、結構大きなイベントだった。会社から、先輩から逃げ出したくて、バックレた。「そんなことしなくても、会社をやめればいいじゃん」って思うだろう。私もそう思う。

今考えても情けない話だが、当時は、親から退職を止められていた。だから「会社をやめる」という選択肢は、なかった。過去に双極性障害で体調を崩して以来、私の生活は、ほぼ完全に親の庇護下にあって、親の言うことには逆らえなかった。そうでなくても、昔から親の言いなりだったから、退職することだけはできなかった。

会社をバックレて、親とは遠く離れた場所にいて、ずっと連絡も取っていないはずなのに、当時の日記には、親への恨み言や、親への謝罪が、何度も何度も出てくる。当時の私は、ずっと親との関係に悩み、苦しんでいたらしい。「親に逆らえない」という悩み。それに気づけたのも、日記のおかげだ。当時の日記を読み返すことで、遅まきながら「私は親と距離を置くべきだ」ということに、気づくことができた。

もし、あの日記がなかったら、旅の途中で自殺していたかもしれない。仮に無事に帰ってこられたとして、大きな憂鬱が、私のなかで、ずっとわだかまったままだったかもしれない。そして、親子の関係も、不健全なままだっただろう。

最近、また日記を書きはじめた。最近は平穏な毎日なので、正直、大して書くことがない。実際、書くのをサボってしまう日も多いのだが、思い出したら書くようにしている。また、イヤなことがあった日には、なるべく書くようにしている。

特に、妻と揉めた日は、必ず書く。妻のどんな態度に腹が立ったのか。その原因はなにか。自分はどう反応したのか。その結果どうなったのか。今はどんな気持ちか。できるだけ克明に書く。そして、翌日読み返す。すると、書いているうちに頭が冷えてきて、妻になにを伝えればよいのか、自分はなにを改めるべきかが、意外とはっきり見えてくる。

生活を記録すること、正直言って、めんどくさい。私も、日記をよくサボる。ましてや、つらい記憶やイヤな記憶は、ただでさえ忘れたいのに、また思い出して記録しなきゃいけないのかと、考えるだけでウンザリする。

でも、これからもやっていかなきゃいけない。安くない金を払って、カウンセリングに通っているのも、そのためだ。私のなかには、わだかまりがまだまだたくさんある。自分のなかのわだかまり、これをなんとかしないと、ここから先へ進めない気がする。

これから、もっとつらい記憶と対峙しなければならないかもしれない。生活や人間関係にも、影響が出てくるかもしれない。でも、自分の人生のために、自分の記憶と向き合わなければならないと思う。

これを読んでくださったみなさんも、気が向いたら、自分の人生の歴史や、日々の生活を記録していってほしい。

つらい記憶や、悲しい記憶に悩まされているときは、それを書き出して、添削・推敲を重ねて、自分の納得いく形に仕上げてみるといい。誰かに見せるとかは、意識しなくてもいい。けど、可能なら、一編の物語として、完結させてみる。そうすることで、記憶と向き合って、整理して、吐き出すことができると思う。つらい記憶・悲しい記憶は、さっさと自分の外へ出してしまうのがいい。

私も、会社をバックレた当時の日記を、何度も読み返して、手を入れて、自分の腑に落ちる形にして、ようやく会社や先輩や両親に対する、異常な執着が消えた気がする。不思議なことだけど。一連の出来事を、ひとつの物語として終わらせたことで、私のなかでもしっかり「終わった」気がする。

なによりも、一日一日がかけがえのない毎日だから、忘れてしまうことのないよう、あとから思い返すことができるよう、大切に記録していきたい。

タイトルとURLをコピーしました