受け入れること

03.精神障害のこと
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このあいだ、なんとなく体重を計ってみたら、5キロ太っていた。大学入学時、18歳のころと比較して、なんとちょうど30キロ太ったことになる。

大学入学直後はガリガリだったのが、4年生になってサークルを引退、酒びたりになったころから、順調に太り始めた。それでも、当時はまだ標準の範囲内だった。社会人になってからは、規則正しい生活を送っていたのと、多分ストレスもあり、若干やせた。

太る路線が決定的になったのは、社会人になって、双極性障害(躁うつ病)になり、その治療をはじめてから。当時の主治医に勧められて、オランザピン(商品名・ジプレキサ)という薬を飲みはじめた。

ジプレキサは、双極性障害の躁状態・うつ状態の両方を改善する薬で、私が飲んだときは、てきめんに効いた。リーマス(炭酸リチウム)ほどではないけれども、気分が安定して、快適な生活を送れるようになった。

そのかわり、劇的に太りだした。ジプレキサの副作用には、食欲亢進・体重増加がある。これが、モロに出た。食事が止められないし、食べたら食べただけ体重が増える。ここで、20キロくらい太った。

そのあと、双極性障害のことや、パワハラなどもあって、会社をやめて、しばらく引きこもっていた。引きこもり中は、ロクに食事をとっていなかったので、やせた。当然のことだ。少し元気になって、ロードバイクを始めたら、またやせた。運動すればやせる、当然のことだ。

その後は、上京して酒を飲んだり、ラーメンを食べたりしていたら、太った。当然のことだ。

10年以上前、大学入学時の自己イメージを、いまだにずっと引きずっている。運動していて、やせていたころの記憶が捨て切れない。「私は太っていない」ずっとそう言い聞かせてきたが、「痩せていたころと比べて、30キロ増量している」という事実が、明確な数値として表れてしまうと、本当につらい。私は、太っている。

年齢のこともそう。30歳をすぎた。年齢を見れば、もうオジサンに片足を突っ込んでいるというか、立派なオジサンである。しかし、オジサンになることは、まだ受け入れがたい。

30歳、節目の歳だと思う。20代のうちは許されていたことも、30代になったら許されなくなる気がする。論語にも「三十にして立つ」と書かれている。30歳になったら、自己の見識を確立し、自己の哲学を持って生きていかねばならない気がする。大変なプレッシャーである。

なんとかダサくない、みっともなくない30代でいたいと思う。若い人のお荷物になったり、若い人に不快な思いをさせたりはしたくない。口や態度だけ年相応に達者な「とっちゃん坊や」にはなりたくない。ちゃんとしたい。

よく通っていた「しょぼい喫茶店」で出会う人々は、みな20代中盤~後半。彼らと話しているときは、いつもビクビクしている。私はイーブンな立場で話してるつもりでも、彼らからしたら説教臭くなっていないか、恐怖している。

若い人に、といっても、私もまだ若い部類なのだろうけど、自分より若い人に、気を使わせてしまうのが怖い。年齢を理由にして、若い人にいろいろと忖度していただくのは、ミジメだし、恥ずかしいことだ。できるだけ、対等な立場で付き合っていたい。

私は、同年代の友人があまりいない。なぜか。同年代のコミュニティ、たとえば職場であったり、大学の同窓生であったりから、ドロップアウトしてしまったからだと思う。新卒の会社を退職した時点で、我が身のふがいなさがいたたまれなくなって、そういう人間関係のほとんどを、清算してしまった。

退職する前は、指標・目標とする友人が、たくさんいた。業種・職種を問わず、いろいろな会社に勤め、いろいろな仕事をしている友人たち。私も、その輪のなかに加わって、いろいろやっていた。

会社をやめて、その輪のなかには、加われなくなってしまった。友人たちから排除されたわけではない。私は、自分が惨めで、自分から関わらなくなってしまった。

というわけで、私には「同年代のあるべき姿」みたいなのが、わからない。自分の立ち居振る舞いに、常に不安がある。「この発言は年齢にそぐわないだろうか?」「この行動は立場をわきまえられているだろうか?」と、常に戦々恐々としている。

あと、私の心の成長は、双極性障害になった25歳のころのままで、止まってしまっている気がする。あのころから、まともな20代の経験を積まないまま、30歳になってしまった。

「20代を取り戻したい」という気持ちが、いまだに捨て切れない。好んで若い人とつるんでいるのも、そういう気持ちの表れかもしれない。非常によろしくない。

私の30代がスタートしていることは、わかっている。戸籍を見ても、免許証を見ても、どう考えても私は30代だ。でも、認めたくない。心では、30代であることを受け入れられない。

双極性障害のこともそう。診断を受けてから、もう何年も経つけど、これも完全に受け入れられているわけではない。定期的に体調を崩すのは、まあ仕方がないと思えるようになった。しかし、いつ体調を崩すのかが、まったく分からないので、今は身動きが取れなくなっている。

医師やカウンセラーさんからは「そういう障害だから」と言われる。私も、まあそういう障害なんだろうなと思う。だけど、私が聞きたいのはその先で、「そういう障害だからどうしたらいいのか?」ということを教えてほしい。まあ、むずかしいのだろうが。

ちゃんと薬を飲んでいても、規則正しい生活を送っていても、体調管理をしていても、ストレスケアを行っていても、必ず調子を崩すときが来る。それに対しては、なにも対策できない。これじゃあ、人生設計ができない。

このあいだ帰省したとき、両親に「人生設計がしづらい」みたいな話をしたら、「でも、アンタは障害者だから仕方ないじゃない」と言われた。あのな、「でも」じゃあねえんだよ。なにが「でも」なんだよ。障害者だから人生設計ができないのは仕方ないのか? 障害者だから人並みに生きられないのは当たり前なのか? 強い怒りを覚えた反面、「まあ、たしかにそうだよな」と、納得する部分もあった。

障害者だから、健常者と比較して様々な制約を受けるのは、仕方ないのかもしれない。もちろん、障害者も制約を受けなくて済むのが理想だし、世のなかは、少しずつそういうふうになっていくのかもしれない。ただ、現行の諸制度のもとで生きていく以上、諸々の制約を受けるのは当然のことだろう。残念ながら。

私は、障害を負ったことを受け入れるべきなんだろう。しかし、これも今ひとつ、頭や意識がついてきていないところがある。

でも「受け入れられない」とか言っていられないんだよな。だって、すべて現実に起きている問題だし。30キロ太ったことも、30代になったことも、双極性障害になったことも、逆立ちしたって戻らない。ただひとつ、体重だけは「痩せる」という方法があるが、それも30キロとなってくると、一朝一夕でどうなる問題ではない。

変化してしまったことは、受け入れるしかない。変化する前のことを懐かしんでしまうけど、そんなことしたところで、一文にもならない。

年齢については、もう完全に諦めるしかない。私は、25歳で精神障害を負ってからの5年以上をドブに捨てて、今は30代のオジサンになってしまった。この5年間を取り戻したい、5年前に戻りたい、ちゃんとした20代をやり直したいと思うこと、今でも頻繁にある。ただ、時間が逆方向へ進むことは、絶対にない。これは、物理でそう決まっている。

双極性障害のこともそう。寛解する病気なら、なにかしら頑張りようもあるが、双極性障害はほぼ寛解しないのだから、あきらめて受け入れるしかない。

双極性障害になって、つらい思いをすることは多い。けど、逆に病気になってから気づいたこと、見つけられたものも、たくさんある。たとえば、病気になったから、おなじように精神疾患になった人の気持ちがわかるようになった。病気になったから、おなじように病気で悩む人々と出会うことができた。病気によって失ったもの、手に入れられなくなったものは大きいけど、かわりに得られたもの、広がった世界というのも、それなりにある。

私の人生、25歳以降は、双極性障害でメチャクチャになっているから、世のまともな30代が経るべき、20代後半の重要な経験というのを、ほとんど手に入れられないでいる。

それは悲しいことだけど、かわりに私は私なりに、なんとか今まで生きてきているし、その過程で、いろいろな経験もしてきているんじゃないか。そういうものを、きちんと整理して、私なりの30代を築いていかなきゃいけないんだろう。

体重は、ただひとつ、なんとか変えることができる。今月から、近所のジムに通いだした。ヒマなので、ほぼ毎朝、ジムで小一時間ほど身体を動かしている。思い返せば、学校を出て以来まともに運動をしてこなかったから、いまさら身体に負荷をかけるのは、正直つらい。汗を流すのは気持ちいいし、身体を動かすのは楽しいが、体力が落ちているので、やはりつらい。

10年で30キロ太る、そのあいだの期間にも、体重の激しい増減がある。我ながら、異常だと思う。生活習慣に問題があることは間違いない。食生活、運動不足、薬の副作用、あとはなんだかよくわからないけど、とにかく改善したほうがいい。生活習慣に問題があると、心筋梗塞や脳梗塞になりやすくなる。どちらも後遺症が重い、イヤな病気だ。もし死ぬなら、できるだけ自然死したい。病死は、イヤだ。後遺症を負って、長く苦しむのもつらそうだ。なので、健康でありたいし、健康になりたい。

ジムへ行くようになったら、いい意味で生活が変わった。よく眠れるようになったし、食事がいっそうおいしく感じられるようになった。体重は、今のところまだ全然減っていないが……。

変化を受け入れること、とてもつらい。私の場合、過去に起こった変化が、どれもネガティブなものばかりだし、できればなかったことにしたい。けど、そういうわけにはいかないんだよな。

受け入れるしかない。私は30代のオジサンで、以前と比べると30キロ太って、しかも双極性障害という事実を、受け入れるしかない。

本当に何度も言うけど、20代前半に戻りたい。若く、健常で、痩せていたころに戻りたい。願っても無駄だと思いつつ、願うことをやめられない。

反面、今の生活は、すごく愛おしい。不健康で太ってて双極性障害のオジサンだけど、家庭があって、生活があって、慎ましいながらも、毎日幸せに暮らせている。

日々の変化も、愛おしい。妻の表情が変わっていく様子も、少しずつ生活感を帯びていく部屋の様子も、引っ越しを考えたりすることなども、なにもかも楽しい。日々の変化を受け入れるように、体重・年齢・病気についても、穏やかに受け入れられたらいいなと思う。

「過去に執着すること」「変化を拒むこと」はバカバカしいことだと、わかるまで自分に言い聞かせていくしかない。いくら過去に戻りたいと思ったって、絶対に戻れない。私にできることは、今の生活と、未来の人生をより豊かにするよう努めることだけなんだ。

とりあえず、明日もジムへ行く。「ニーバーの祈り」のように、変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる冷静さを、そしてその二つを見分ける謙虚さを持って生活していきたい。

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