『しょぼい喫茶店の本』のこと

04.じんせいのこと
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※しょぼい喫茶店は、2020年2月29日に閉店しました。本当にありがとうございました。

発売からしばらく経って、家を空けていたり、私事が立て込んでいたりでなかなか読めなかったが、やっと読み終えた。

読後感だが、感無量で、言葉が出てこない。しばらくは胸が詰まって、本のことに言及できなかった。ようやく興奮とか感動が治まってきたので、イマサラ感はあるが、レビューみたいなものを書く。

『しょぼい喫茶店の本』を買ってほしいから、この記事を書いている。つまり本を買っていただければ、この記事を読む必要はない。そういうわけで文頭だがアマゾンのリンクを貼っておく。できれば各位、近所の書店で買ってほしい。

しょぼい喫茶店の本

書籍発売前に書いた「しょぼい喫茶店のこと」という記事、自分でもあらためて読み返してみたんだけど、べつにゲラを見たわけでもないのに、よくこれだけ書けたな。手前味噌ながら、内容もそこそこ的を得てるじゃんということで、自分にすごく感心している。

本書は、大学時代の就職活動に挫折した著者が、紆余曲折を経て、在学中に「しょぼい喫茶店」を起業する物語である。

学生起業といっても、よく想像されるような派手さや華々しさは、一切ない。生き方に迷った一人の青年が、迷いつつ悩みつつ、自分の生き方を泥臭く模索していく、その一連の過程が、著者自らの筆によって、感情を持って描かれている。

価値観が多様化し、また情報があふれかえる現代において、私たちもいろいろな生き方を選択できるようになった。「好きなことで生きていく」ことが、夢ではなくなったメリットは大きい。

反面、近年よく用いられるようになった。「マウンティング」という言葉にあらわされるように、他者に対する羨望や嫉妬にとらわれることも多くなったように思える。

また、著者も苦しめられた就職活動・新卒一括採用といった、旧来の制度によるしがらみも、いまだに強い。

そういった、現代的な生き方の問題に、ひとつの解を与えるのが本書だと思う。

東京の片隅で起こった「しょぼい喫茶店」の物語は、とても小さく、些細なものだ。イノベーティブな技術の誕生でもなければ、上場物語でもない。中野区に、小さな喫茶店が一軒できた。それだけのことに過ぎない。

だが、その小さな物語のなかで起きたできごとのひとつひとつ、そして、そのなかで著者が考え、感じ、そして本書に記されたことのすべては、生き方に迷い悩む人々に対して、かならずなんらかの示唆を与えてくれると思う。

これから飲食店で起業したい人はもちろんのこと、自分の生き方に悩んでいる人、生きることに苦しみを感じている人すべてにとって、本書が新しい視野を啓くきっかけになるかもしれない。

「しょぼい喫茶店」という、一見あまりにもな店名であるが、本書を読み終えると、すべてたしかに腑に落ちる。

しょぼくてもいい、自分にとって大切なものを大事に守りながら、とにかくひたむきに生きていく、それが大事なのだと、本書は教えてくれた。

些細だけど、奇跡のようなできごとの積み重ねで生まれた、小さな喫茶店の物語。

これからどんな魔法を起こし、どんな物語を新たに紡いでくれるのかが、本当に楽しみである。

と、以上が私の書いたアマゾンレビューで、まあ自画自賛ですが、これもよく書けていると思う。

しかし、アマゾンレビューみたいな場所には書きづらい、個人的な感想とかも多々あるので、そういうことをブログに書いておきたい。そう、これは、個人的な感想です。

「『しょぼ喫』が本になるかもしれない」という話をはじめて聞いたとき、最初は率直に「すごい」と思った。だって、著者の池田さん(えもいてんちょうさん)は、当時まだ大学を卒業したばかりだったし、「しょぼい喫茶店」の創業からはまだ日も浅いのに、もう書籍出版が実現しそうになっている、そのバイタリティやスピード感に、ただただ感嘆した。

あと、どういう思いと、どういう経緯で「しょぼい喫茶店」が開店したのか、その一連の詳細にすごく興味があったから、本になるかもという話を聞いた時点で、すごく楽しみになったし、絶対に読みたいと思った。

と同時に、「本当に大丈夫なのかな?」という思いも去来していた。いや、「しょぼ喫」創業前後のストーリーは、たしかにドラマチックで、すごくエモい。じつに強い物語性がある。ただ、「どんな本になるのだろう」と想像したとき、どこに軸を置くのかが、すごく気になっていた。

正直、しょぼ喫の物語は、サクセスストーリーじゃない。たしかに池田さんは喫茶店で起業に成功されたけど、まだそれで一財を成したとか、そういうわけじゃない。たしかにメディアとかで大きく取り上げられたりもしたけど、まだなんらかの地位を築いたというわけではないと思う。

それに、若手起業家なんて、世の中を見渡せば、ごまんといる。池田さんの事例、多少特殊かもしれないが、もっと書籍映えする起業物語が、すでに世に出てるんじゃないのか、そういう本と勝負して、はたしてしょぼ喫は、池田さんは勝てるのか、そんなことを思っていた。

起業に至る経緯にしたって、詳しくは本書を読んでほしいのだけど、起きるイベントがわりと特殊で、池田さんの企業事例に再現性があるか、池田さんのやり方を真似て起業できるかというと、それは、ちょっとどうだろうかという思いがある。

そんな状態での書籍化、はたして形になるのか、本当に売れるのかを、すごく心配していた。

著者の池田さんは、たしかに学卒直後の青年、起業家という面はありつつ、まだ大きな成功を収めたわけではなく、世間での知名度は限りなく低いと思う。少なくとも、私の地元の人間とかは、絶対に知らない。

本を出す人、とくにビジネス分野とかの著述家って、だいたいビジネスで成功を収めた有名人が多い気がする。古くは稲盛和夫とか、最近だとライ○ドアのあの人とか。

私も、そういうイメージが強かったから、今は無名の池田さんが、ご自分のビジネスに関する本を書いたって、話題にはならないだろうと思っていた。

まあ、全部私の杞憂だったわけだが。『しょぼい喫茶店の本』を読み進めていくと、「これだよ、これ!」と大声を上げそうになるくらい腑に落ちる、素晴らしい内容だった。

詳しい内容に関しては、本書を読んでほしい、書店で買って読んでほしいから、ここではあまり書きたくない。ただ、私の心配は、まったく見当はずれだったということを思い知らされた。

そもそも『しょぼい喫茶店の本』はビジネス書ではない。私的には純然たる「ノンフィクション」「物語」だと思うのだけど、そのへんはまあ置いておいて。「有名人でないと本(物語)は成立しない」という固定観念は、私の大きな勘違いだった。

無名の人にだって、それぞれ素晴らしいストーリーがある。私は池田さんの著述、そして巻末に収められている、池田さんの妻・おりんさんの「長めのあとがき」を読んでそう思った。そもそも「『しょぼい喫茶店』には素晴らしいストーリーがある」なんてこと、よく通ってたから重々承知だったはずなのに……本当にすみません。

本書には、池田さんの自叙伝的な性格もある。池田さんが、高校生のときに感じた些細な、しかし池田さんにとっては重大な挫折感が、小さな歪みとなって池田さんのなかに残り続け、それが、就職活動という節目のときに一気に爆発してしまい、そして……という、青年期のアイデンティティをめぐる物語と言ってもいい。

いったんは挫けそうになった池田さんだが、友人の支え、自身の意志の力、えらいてんちょうさんやカイリュー木村さんといった力強い支援者の登場、そしておりんさんとの出会いによって、なんとか歩み続けていく。率直に申し上げると、ずっと心許なくて、か弱い様子に見えるが、池田さんは、なんとか生きていこうとしていく。

この「生きていこうとしていく」意志が、人生の物語を紡いでいくのだと、「生きていこうとしていく」こと自体が、素晴らしい物語になりうるのだと、本書を読んで知ることができた。

池田さんにしたって、おりんさんにしたって、傍目から見て数奇な人生を送ってきたわけではない。就活に失敗する若者なんて、毎年相当数いるだろうし、激務で体調を崩す人も多くいるだろう(私もそうだったし)。そこから、なんらかの形で再起する人も、まあままいる気がする。起業が決まってからのおりんさんの動きは、結構ぶっ飛んでいるなと思ったが……まあおふたりの人生の物語は、一見「よくある話」に見える。

が、ここで「よくある話」と片付けてしまうのが、いけない。池田さんにしろ、おりんさんにしろ、四半世紀近い時間を生きてきたわけで、そのなかでは様々なイベントが起き、うれしいことやイヤなことに見舞われ、いろんなことに挫け、いろんなことを乗り越えながら生きている。

実際に本書を読んでいると、起業前後の池田さんの苦悩や葛藤が、池田さんのアイデアに惹かれたおりんさんの勇気と決意が、実にダイナミックに伝わってくる。コメディのような、青春モノのような、ロマンスのような、ホラーのような、なんと言ったらいいかわからないが、とにかく本書には「人間が生きているドラマ」が詰め込まれていて、著者である池田さんの目線から、生き生きとした筆致で描かれていた。

人生という物語を、生きながら描いていること。それは池田さんやおりんさんだけじゃない。私もそうだし、生きているひとりひとりがそう、誰しもがおなじだと思う。生きてきた結果が「なにもない」なんてことは、ありえない。ただ十分に目を凝らしていない、十分に見えていないだけだ。

まったく大きな物語ではない。池田さんとそのご家族、そして何人かの登場人物を軸に、池田さんの手が届くくらいの範囲で、物語は進んでいく。

起業譚としては、言い方を選ばずに申し上げるなら「しょぼい」。しかしそれも「しょぼい喫茶店」らしさがあって、実にいいと思う。「しょぼい喫茶店」とか言いつつ、何千万何億もファイナンスしてたり、いかにも「スタートアップ」みたいになってたら、逆にイヤだろ。

それに、作中には、常に池田さんの視線が、思考がつきまとい、情景を生々しく描写していく。右も左もわからない若者が、生きていくために、なんとか飲食店をおこそうとする。それを描く筆致は、大変にリアルである。

本作の見どころは、池田さんが経済的成功を収める部分ではない。池田さんとおりんさんの心が、起業というイベントを通して、救われていく部分にあると思う。

池田さんの葛藤、おりんさんの苦悩が、起業という試練に立ち向かうなかで昇華されていく、その描写を読んでいると、自分の胸にも込み上げるものがあった。

なにか始めたいけど勇気が出ない、自分の現状を変えたいけど一歩を踏み出せない。年齢性別を問わず、そういう人はたくさんいるのではないだろうか。かつての池田さんやおりんさんも、そうだったんじゃないだろうか。

そういう人にこそ、本書を手に取ってほしい。直接生き方のヒントにならなくても、きっと大きな勇気を与えてくれると思う。

有名でなくてもいい、一見平凡でもいい。資本がなくてもいい、華々しくなくてもいい。生きていくために事業を起こす若者は、私が知っているだけでも、たくさんいる。私が知らない人も含めたら、たぶんすごくたくさんいる。

そのひとつひとつの背景に、たくさんのイベントや物語、迷いや超克があるのだろう。小さくて見えないけど、目を凝らせば見える、素晴らしい物語が星のごとくあることを、私は信じてやまない。

そういった小さな物語の代表が、今回出版された『しょぼい喫茶店の本』、池田さんとおりんさんの物語なんだと思う。

あんまりオジサンみたいなこと言いたくはないんだけど、インターネットとSNSの普及で、小さいけれど素晴らしい物語を発信・受信できる、いい時代になったと思う。

これからも、こういう小さな物語にこそ、光を当てられるような時代になっていってほしい、そう思った。

私が最近ブログを頻繁に書いているのも、池田さんに触発されたところが大きい。

私は、私の生きてきた結果にもっと目を凝らしたい。バラバラになった人生の糸を紡いで、ひとつの物語にしたいと思うようになった。これは純粋に自分だけのためにだが。

また、本書を読み終えて強く感じたのが、「未来は悪くないかもしれない」ということである。

まだ若い池田さんとおりんさんの物語は、おふたりで家庭を築き、守り続けていくことへの、固い決意で締めくくられている。おふたりの文章からは、これから先もずっと店を、家庭を、コミュニティを守り続けていく、その意志が強く感じられる。

ふたりには未来がある。これからどうなるかは誰にも、ふたりにもわからないだろう、もしかしたらまた落ち込んでしまったり、挫折したりすることもあるかもしれない。それでも「生きていくんだ」という、強い宣言みたいなものを、私は感じた。

本書は、東京都中野区は新井薬師前で喫茶店をおこした、今はまだ無名の青年の、人生の途上の物語である。現在を生きている青年が、自分の人生の苦悩や苦闘に目を凝らして、それに立ち向かっていく物語。そして、青年を支え、青年とともに生きていく人々の、愛の物語でもある。

『しょぼい喫茶店の本』は、池田さんとおりんさんがご結婚されたところで、いったん完結している。本当におめでとうございます。しかし、本が終わっても、池田さんとおりんさん、そしてしょぼい喫茶店を取り巻く物語は、ずっと続いていくことだろう。

「グルーヴはひとりじゃ生まれない」池田さんとおりんさんが起こしたグルーヴを、ひとりでも多くの人に感じてほしい。池田さんとおりんさんが起こしたグルーヴに、ひとりでも多くの人が参加してほしい。

なので、ひとりでも多くの人がこの本を手に取り、読んでくれることを切に願っている。

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