躁転のこと

03.精神障害のこと
この記事は約6分で読めます。

完全に躁転した。毎度いきなりだが、今回もいきなりだった。もう何度目のことかわからないが、何度体験しても慣れない。

こんなにしっかり「躁に入った!」と自覚できるのは、ひさびさな気がする。ガッツリ躁転しているが、早々にそれに気づけたのは幸いだった。

私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っている。どういう障害か、私は医者じゃないから、適切に説明できない。興味があれば、各位ぜひ調べてもらいたい。簡単に言えば、躁状態(気分がアッパーな状態)と、うつ状態(気分がダウナーな状態)とを、周期的に繰り返す障害である。

そして、うつ期(うつ病相)から躁期(躁病相)へチェンジすることを、「躁転」と言う。躁からうつへ変わることは「うつ転」とは言わないそうで、不思議である。

躁転すると、どうなるか。気分が劇的に変わる。以前の記事で、薬を飲んだときにも劇的に気分が変わると書いたが、それとおなじような感じで、急激に変わる。

躁転のトリガーは、いろいろあるらしい。睡眠サイクル、向精神薬、アルコール、季節……いろんなきっかけで躁転するらしいが、トリガーがなくても、するときはする。そういう障害なので。

最近は、マイルドなうつか、わりとフラットな気分で、朝起きて活動する、活動すれば疲れる、疲れれば眠くなるという、ごく自然な生活リズムだった。しかし、一昨日くらいから様子がおかしくなって、今はとりあえずまったく眠くない。

今朝も、ジムでみっちり身体を動かしたあと、喫茶店で軽くお茶をして、家に帰ってから軽く家事をして、そのあと「文章組手」の添削をして、他にもいろいろやって、一日しっかり活動したにもかかわらず、まんじりともせず、今これを書いている。完全に過活動である。

躁状態、「気分がアッパーになって、楽しくなる」と考える方も多いように思えるが、完全に誤解である。

いや、たしかに、躁状態まっただなかにいるときは、楽しいといえば楽しい。奥田民生の曲、「イージュー☆ライダー」じゃないけど、「眠らない身体」を手に入れたようにエネルギーに溢れ、「すべてほしがる欲望」を備えたかのように意欲的になる、こともある。

ただ、客観的にみれば、躁状態の人っていうのは、ブレーキの壊れた車と一緒、アクセルを踏めば踏むだけ加速し続ける暴走自動車とおなじだと思う。たしかに、とんでもない馬力を持っているが、どこかにぶつかって事故るまで止まれない。それが、躁状態なんじゃないかと思う。

そういう生活が、楽しいと思うだろうか。刹那的な生き方・破滅的な姿を美しいと思う人もいるだろうし、価値観によるが、私はすごく嫌だ。

過去、躁状態におちいったときに起こったこと。いいことも、悪いこともある。

いいこと、躁状態のときは、すごく創作意欲がわく。私は、趣味で小説を書いていた。過去10年ほど、ずっと公募の新人賞に応募し続けていた。躁状態のときは、小説を書く筆のノリが違う。

普段なら、一日で原稿用紙数枚分を書き進めるのがやっとなのだが、躁状態で頭がキマっているときは、一晩で100枚くらい書ける。まあ、一気呵成で書いたものなので、完成度は推して知るべし、公募の成果もまったく出ていないのだが。いいことといえば、これくらいだろうか。

悪いことは、枚挙にいとまがない。具体的には、恥ずかしくて書けないが。

とりあえず、浪費する。Amazonとかを見て「ほしい!」と思ったら、すぐポチる。クレカの限度額など気にせずポチる。躁状態が終わってみると、銀行口座の残高がスッカラカンになっていたこともある。

人間関係のトラブルも、起こしやすくなる。躁状態になると、怒りっぽく、攻撃的になることも多いので、些細なことでケンカしたりしてしまう。あと、躁状態のときには、謎の全能感を感じるというか、変に自信満々になってしまって、人の話をまったく聞かなくなる。それだけならまだしも、過干渉的になっているから、友人などに余計なアドバイスやウザ絡みをして、怒らせてしまったこともある。

シンプルなとこだと、過食もする。食欲が抑えられなくなって、吐くまで食う。酒も止まらなくなる、吐いてもまだ飲む。

躁状態になると、自己肯定感が高まる反面、自制心や自己抑制が低下する傾向にあるのかもしれない。

今回の躁状態は、どう振れるのか、どれだけ続くのか、まったくわからない……できれば、さっさともとに戻ってほしいけど、長引くこともあったので、気が抜けない。

はじめにも書いたけど、一昨日くらいに「躁転しそう」というのに気づけたのは、よかった。私がこの病気になってから、もう10年近く経つけど、躁とうつの変化に前もって気づけたことは、今までほとんどない。あとから思えば、サインはたくさんあったんだろうけど、自分の身体のことって案外気づきにくいというか、鈍いというか、すべて見過ごしてしまっていた。

「躁転した」と気づいたところで、特効薬があるわけでもなし、治める手立てはないんだけど、平穏な生活を送るための対策はできる。たとえば、スマホやPCにできるだけ触らない、クレカや財布は妻に預ける、できるだけ外出しない、人に会わないなど。

まあ、こうやってのんびり文章を書いていられるってことは、今回はマイルドな躁状態なんだろう。というか、そうであってほしい。そう信じたい。

今は、眠れない以外はわりと落ち着いてるし、攻撃的・暴力的になってるわけでもないし、ムダに活動的になってるわけでもないし(さっき衝動的に外出しかけたが)、自己抑制はそれなりにできていると思う。この調子で自分のなかの荒ぶる龍(躁状態のことです)を、バキバキに弾圧していきたいですね。

眠らなくても行動できるが、眠らないと体調を崩す。私の場合、お腹が痛くなっちゃうんですよね。なので、眠る努力はしていかないと。これを書いたら、お布団へ行きます。

「ムリヤリ眠るための薬」というのもあるのだが、あんまり飲みたくない。「飲む拘束具」と呼ばれる薬で、眠るというよりは、意識がスッ飛んでしまう。なので、アレは最後の手段にしておきたい。

双極性障害でなにが大変って、身近な人を、過度に疲れさせてしまうのが大変だ。たとえば、夜更かしに付き合わせてしまったり。ムリな外出に付き合わせてしまったり。酒の席に付き合わせてしまったり。自分の感情の乱れに付き合わせてしまったり。そんなことになったら、堪ったもんではない。身近に双極性障害の患者がいる人は、本当に大変だと思う。

妻には、もう「躁転した」と伝えてある。私がワガママを言い出したら、ピシッと釘を差してほしい。だけど、躁転すると、私もセルフコントロールができなくなっちゃうから、妻に釘を差されても、妻の言うことを聞くかどうかは、わからないんだよな。

妻には妻の生活がある。私の病気で妻を振り回して、疲れさせてしまったらすごく嫌だ。最大限善処はしますが、苦労をかけてしまったらごめんなさい。

本当に、厄介な病気だなあと思う。けど、もうどうしようもないんだよな。双極性障害は、寛解しないらしいし。こういうものだと思って、粛々と生活していくしかないんだろうな。

罹患から10年経っても、双極性障害には慣れない。まだ、しっかり受け入れられていない。

タイトルとURLをコピーしました