結婚のこと

05.家庭のこと
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私には、結婚願望がなかった。

私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っている。双極性障害は、子に遺伝するという説がある。医学的にはまだ明らかになっていないらしいが、統計的には40パーセントくらいの確率で遺伝するらしい。そう言われてみれば、私の祖父はかなり頭がイカれた人だったし、母も少し情緒不安定なところがあった。

双極性障害には、今まで散々つらい目にあわされてきて、つらい思いをしてきた。自分の子どもには、自分とおなじ思いをさせたくない。なので、子供をもうける意思がなかった。

私は「結婚は繁殖のための制度」だと思っていた。繁殖しないなら、結婚する必要もない。私には、繁殖する意思がない。よって、私は結婚しなくてもいいと思っていた。

それなのに、2年前に結婚してしまった。土曜日に妻とふたりで区役所へ行き、休日窓口へ婚姻届を提出してきた。窓口のオジサンが、「おめでとうございます」と言ってくれた。

妻と交際を始めたのが、3年前くらい。旅行で東京へ来たときに知り合って、そのあと私が上京をするときの面倒を見てもらって、私が上京してから交際が始まった。

私が上京するときには、妻が1から10まで面倒を見てくれた。一生かけても返せないほどの大恩がある。一生かけても恩返しをしたい。なので、交際を始めてすぐのころから、フワッと「これから先も、ずっと一緒にいたい」と思っていた。

しかし、交際を始めてからは「ずっと一緒にいることは、可能なのだろうか?」とも考えていた。私は私で、結婚願望がまったくなかった。妻と結婚することも、おそらくないだろうと思っていた。また、妻側の環境も複雑だったので、結婚という選択肢は頭のなかになかった。

交際して半年ほど経ったころに、妻と同棲を始めた。

それまで、妻は都内の実家で暮らしていたが、実家とソリが合わないのか、精神状態も健康状態も、あまりよさそうには見えなかった。ふたりで会っているときも、どこか元気がなく、ひどく泣くこともしばしばあった。

なんとかしたいと思い、同棲を提案した。妻は実家から離れるべきだと思った。妻のために、アパートを一部屋借りようかとも思った。しかし、自分の家賃と妻の家賃を二重に払うだけの甲斐性はなかったので、同棲というかたちに落ち着いた。

同棲を始めてみたら、「これは、結婚生活とほぼおなじなのでは?」ということに気づいてしまった。そして、「結婚しても、なにも変わらないのでは?」という考えに至ってしまった。

これは、私の悪いところ、本当に悪いところなんだけど、非常に好奇心旺盛で、そのうえ勢いと行動力がある。未経験のことは、とりあえずなんでも経験したくなってしまう。当時の私にとって、結婚は未経験のイベントだったので、どうしても経験してみたくなってしまった。

「子供をもうけないなら、結婚なんてする必要がない」と思いつつ、結婚という未経験のイベントを意識してしまう。そして、なんとしても結婚を経験したくなってしまった。結婚したきっかけ、単に「結婚を経験してみたかった」という、しょうもない動機である。

あと、私は、なにがあろうと私から妻に別れを切り出すつもりはなく、妻さえよければだが、勝手に一生を添い遂げるつもりでいた。それだけの恩義が、妻にはあるので。

仮に私が死んだ場合、私の資産を妻へ渡したいというのもあった。まあ、大した資産もないのだが、当時契約していた生命保険の保険金や、二束三文の銀行預金を、できれば法的に正しく、妻に渡したい。だったら入籍という手続きをとらなきゃダメだよな。そんなことも考えていた。

というわけで、妻に結婚(入籍)を打診してみた。はじめは、あまり気乗りしない様子だった。というか、かなりイヤがっていた。これも私の悪いところなんだけど、人がイヤがる様子を見ていると、かえってそうしたくなってくる。妻が結婚を渋る様子を見て、ますますこの人と結婚したくなってきた。

最終的には、私の要求を全面的に通して入籍、結婚した。

結婚してすぐのころは、やはり大変だったというか、妻にいろいろと苦労をかけた。勢い結婚したのはいいが、私は「結婚」あるいは「夫婦」というものをちゃんと理解していなかった。結婚後も、独身時代と変わらないスタイル・ペースで生活していたら、妻から「これでは結婚した意味がないでしょう」と叱られてしまったこともある。とても反省している。

結婚してから、もうすぐ2年経つけど、最近は関係も安定している。お互い気兼ねなく、心安らかな夫婦生活を送れている気がする。

「婚姻(入籍)」という手続が本当に必要だったかどうか、私には、よくわからない。入籍、もしかしたら必要なかったのかもしれない。以前のまま、籍は入れずに同棲生活を続けてても、よかったのかもしれない。ライフスタイル、生活の実態は、なにも変わらないのだろうし。

でもまあ、一度くらい「結婚」を体験するのもいいだろうと思った。というか、どうしても経験してみたいと思った。婚姻届を出したのは、その程度の動機かもしれない。けど、相手がこの人だから、なんのためらいも未練も後悔もない。

法的に夫婦となると、仮に別れるとき面倒になるというのはあるが、将来にわたって別れるつもりはない。それに、万が一別れたくなったときには、「婚姻」という事実が、心の抑止力になるかもしれない。

今年の頭には、結婚式を挙げた。

結婚式も、妻はあまり乗り気じゃなかったけど、私が「まあまあ、いいじゃない」みたいな感じで押し通した。だって、結婚式って、結婚しないと経験できないんですよ。結婚したなら、結婚式も経験しないともったいないじゃないですか。

インターネット広告かなんかで、式場の割引プランを見つけて、我が家でもムリなく挙げられるようにした。式場の契約後に、双極性障害が悪化したり、会社をやめたりして、かなりムリはしたが……。

当日までの準備で、揉めることも多々あったが、なんとか式・披露宴当日を迎えられることができた。当日、挙式前の写真撮影で、ウェディングドレスを着た妻の姿を見て、胸が一杯になってしまった。一言「キレイだよ」と言いたかったが、それすら言葉に詰まって、出てこなかった。本当にキレイだった。

式が始まり、チャペルの扉が開いて、義父に腕を引かれながら妻が歩いて来るのを見て、そして義父から妻の手を受け取って、「この人をずっと守り支えることこそ、私が生きる意味なのだ」と思った。私は、ゆるめのクリスチャンなんだけど、神様もそうおっしゃっている気がした。神秘的で、霊的な瞬間だった。このときはじめて、私のなかに「結婚したのだ」という真っ当な自覚が生まれた気がする。

せっかく結婚したなら、できれば結婚式はやったほうがいいと思う。お金や時間、その他諸々の事情が絡んでくる。正直メチャクチャ面倒くさかったし、一筋縄ではいかないが。都合が許すなら、やったほうがいいと思う。だって結婚式って、結婚しないと体験できないんですよ。

もし結婚式をやるなら、本気で取り組んでほしい。「結婚式なんて茶番」「神父はバイトでしょ」と言われる、たしかにそうだけど、茶番も本気でやれば、立派な舞台になる。バイト神父の背後にも、本物の神が宿る。そうすれば、きっと感動が生まれるし、思い出が残る。

おなじ金を払うなら、いい式にしたほうがいい。自分たちの結婚なのだから、自分たちは本気で祝福しましょう。お願いだよ。

あと、結婚指輪は、作った方がいい。我が家は、婚約指輪は作っていない。というか、私から何度もしつこく結婚を迫っていたので、正式なプロポーズがいつなのか、よくわからない。婚約指輪は、未経験なのでわからないけど、結婚指輪は絶対に作った方がいい。

ちゃんと理由もある。ふたつある。ひとつ。夫婦でお揃いのアイテムを持つことで、夫婦であることを常に意識できる。「結婚した」「夫婦である」意識が高まる気がする。素晴らしいことだ。

ふたつめ、左手の薬指に指輪をつけておくことで、世間の面倒なイベントを、わりと効果的に回避することができる。たとえば、行きたくもないキャバクラ、急な飲み会、望まない異性からのアプローチ、その他諸々……左手薬指の指輪をチラつかせることで、言外に、しかしかなり強い力で、断ることができるようになる。結婚指輪は高価だが、とても便利なアイテムである。

思い返せば、正直あんまり考えなしに、ほぼ勢いで結婚した感じだ。だけど、結婚したおかげ、妻のおかげで、今の私は、すごく楽しい思いをしている。

一緒に旅行したり、ふたりで近所の飲み屋へ出掛けたり、ジムへ通ったり、部屋で夕食をともにしたり、妻と過ごす時間が、なによりも楽しい。いつもベッタリというわけではなく、お互いに予定が入れば、めいめい勝手に出かけたりして過ごすこともある。つかず離れず、それで安心していられる距離感が、とても愛おしい。

なにより、私にとっていちばん大切な人が、いつも、ずっとそばにいてくれるのが、心の底からうれしい。

「なぜこの人と結婚したのか」と聞かれたら、正直答えに悩む。結婚したこと、その相手が妻であることについて、明快な理由は出せない。「結婚したかったから結婚した」みたいに、プリミティブな話になってしまう。

単に共同生活を送るだけ、入籍して法的な夫婦になるだけなら、妻でなく、別の女性でも問題はなかったかもしれない。今の日本では、男女であり、合意があれば、結婚・入籍自体は簡単にできる。合意を得るのが、なかなかむずかしいですが。

私の人生で、「妻と結婚しなければならなかった必然性」みたいなものは、多分ないんじゃないか。出会いから結婚に至るまで、すべて偶然の積み重ねでしかない気がする。

妻との出会い、東京へ旅行したときに、居酒屋でたまたま知り合った。そのあと、上京するときには、いろいろとお世話になった。大きな恩義があるが、はじめは結婚する気なんてまったくなかった。結婚に至ったのは、タイミングや気分のブレなど、いろいろな偶然が重なった結果だと思う。

たまたま出会っただけの女性と、どうして結婚を……どうしてかはわからないけど、とにかく私は、この人と結婚したいと思った。この人でないとダメなんだ、この人がそばにいてほしい。この人じゃなきゃイヤなんだ。

ダダっ子みたいだが、これは合理的・論理的に考えてどうこうというより、純粋に私の感情の問題だと思う。

妻と交際を始めて、1年ちょっとの期間を一緒に過ごした結果として、妻がそばにいない生活なんて考えられない、妻じゃなきゃダメになってしまった。いつから、なんでこうなったのかは、いくら考えてもわからないし、わかる気がしないが、それが夫婦の妙なのかもしれない。

「どうして結婚したのか」という問いに対する、適切な答えかどうかはわからないが、とりあえず「この人とずっと一緒に生きていきたかったので」と答える。結婚は、その想いを担保するための仕組みであり、その宣誓となるものなんだろう。「繁殖のための仕組み」とか言って、すみませんでした。

この人と一緒に生きていきたい。たまたまだけど、そう思える相手と出会えた。そう思える相手と一緒になることができた。私は、本当にラッキーだったと思う。いや、本当に運がよかった。すみませんね。

妻と結婚できたことを「幸せだ」とは言わない。幸せはいつか立ち去ってしまうから。これから先ずっと、幸せなときも、そうでなくなっても、死ぬまでふたりで支え合って生きていきたい。なぜなら、私たちふたりは夫婦なので。

結婚はいいぞ。

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