不眠のこと

02.メンタルヘルスのこと
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かれこれ10年ほど、深刻な不眠に悩まされている。これを書いている現在は、午前4時。つまり、今日も眠れていない。

昔から、寝つきがいいほうではなかった。たとえば高校生のころも、しばしば明け方まで眠れず、日の出くらいに気を失って、気づいたら昼過ぎだったことがある。大学生のころも、夜からまんじりともしないまま、翌日1限の授業に出たりしていた。しかし、不眠が決定的になったのは、10年前。双極性障害(躁うつ病)を患ってからだろう。

私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っている。双極性障害の副症状として、不眠や過眠があらわれることがあるらしい。

睡眠障害というのは、精神疾患には、わりとつきものである。私も、双極性障害を持ってから、躁状態のときには不眠に、うつ状態のときには不眠と過眠に、悩まされ続けてきた。

躁状態のときは、身体のエネルギーが暴走しているというか、過活動になっている。そのため、本来眠るべき時間も惜しんで、なにかをしている状態になる。たとえば、真夜中に200km離れた街まで車を走らせる。夜中に家を出て、明け方まであてどなく歩き続ける。趣味の小説を、一晩じゅう書き続けるなどしていた。ろくでもない。

うつ状態のときの不眠が、本当につらい。うつ状態のときは、なにをしていても、なにもしてなくても、精神がつらくなる。なにか責められているような。嘲笑されているような。批難されているような。呆れられているような。見放されてしまったような。感覚は時々によって異なるが、とにかく心がつらくなる。

心のつらさから逃れるための最良の手段が、「眠ること」なのだが、ひとたび不眠におちいってしまうと、その逃げ道すら断たれてしまう。当然、眠るために、あれこれ手を尽くす。睡眠薬を飲む。あたたかい牛乳を飲む。ときにはムリヤリ身体を動かして、疲労を溜める。他にも、いろいろする。しかし、大体の場合、ムダな抵抗に終わる。

布団にくるまって、なんとか眠ろうと試みる。そうしているあいだも、心はなにかに苛まれている。昼間なら、人の声や車の音、日の光や風のそよぎ、いろいろなものが、私の気をまぎらわせてくれる。しかし、夜には、なにもない。話し声もしなければ、物音もしない。真っ暗で、なにも見えない。静寂と暗闇のなかで、いっそう深まる孤独。この孤独を抱えたまま、朝になるまで耐えなければならない。

私の場合、こういうときに、よく希死念慮(「死にたい」という観念)がわいてくる。頭のなかで「死んだほうがいい」「生きてる意味が無い」「死ねば楽になる」「早く死ね」と、声のようなものが反復する。

希死念慮に襲われると、もう他のことはなにも考えられない。死ぬことしか考えられない。心にもない心の声を、ひたすら耐えつつ、長い夜をじっと耐えなければならない。この数ヶ月は、希死念慮に苛まれることはほとんどなくなったが、思い出すだけでもつらい。

規則正しい生活を送るように心がけている。最近は、わりと生活リズムが整ってきていて、朝早い時間に目を覚まし、ジムへ行って身体を動かし、喫茶店でコーヒーを飲んで、軽く散歩をしながら買い物を済ませ、自宅で昼食をとったあと、午後は趣味の短歌や読書にあてて、夜は妻と一緒に過ごす、というのが、日々のルーチンになっている。いたって健康的である。

しかし、いくら規則正しい生活を送っていても、いきなり不眠がやってきて、眠れなくなるときがある。不眠、なんの前触れもなく、天災のようにあらわれて、せっかく苦労して整えた生活のリズムを、メチャクチャに破壊していく。本当に困る。

今日も眠れていないが、今はマイルドで落ち着いた精神状態なので、さして苦にはならない。スマホをポチポチしながら、ダラダラしている。それでも、やはり気分は悪い。夜はちゃんと眠って過ごしたい。

不眠だからといって、眠らなくても平気なわけではない。睡眠不足の状態が続けば、当然体調を崩す。私の場合、お腹を下すのと、ひどい倦怠感に見舞われる。それに、不眠が続くと、うつ状態が悪化する傾向がある。なので、きっちり眠って体調をコントロールしたいのだが、不眠はコントロールできない。ままならない。

不眠におちいっているあいだは、あらぬタイミングで、猛烈な眠気に襲われることがある。いきなり身体の電源が落ちたように意識が飛んで、気づいたら眠っていた、そんなことがしばしばある。なので、睡眠不足の状態では、おちおち外出できない。

不眠、はっきり言って、いいことはひとつもない。身体が、どんどんボロボロになっていく感じがする。今日は、PCに向かう余裕があるから、まだいい。でも、またうつ状態になってしまったら、また一晩じゅう苦しまなければならないのかと思うと、非常にしんどい。

睡眠薬は、欠かさず飲んでいる。私の場合、自力では不眠には太刀打ちできない。だけど睡眠薬を飲めば、もしかしたら眠れるかもしれない。そういう希望を込めて飲んでいる。だけど、今日はダメだったみたいだ。

睡眠、夜になれば人は眠ること、当たり前のことだと思っていた。でも、不眠になってからは「こんなにありがたいことがあるのか」という気持ちになった。

双極性障害を患ってからの10年、今までは当たり前だったことが、どんどん当たり前じゃなくなってきている。そのおかげで、「当たり前」の尊さに気づかされた。いや、できれば気づきたくはなかったが。

不眠におちいったとき、「明日の一日を大事にしたい」と思えば思うほど、それが重圧になるのか、ますます眠れなくなっていく。ベッドに横たわったまま、時計の針が刻一刻と進んでいくにつれ、時間が手のひらからこぼれていくようで、焦りを感じる。

眠れない夜を思うこと、他のなにごとよりもつらいことかもしれない。いつか、不眠に悩まされずに暮らせる日が来るだろうか。それを信じて、今日も夜を明かしている。

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