精神障害と、働くこと

03.精神障害のこと
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私事だが、去年の秋に、勤めていた会社をやめた。

都内の商社に勤めていた。商社といっても、総合商社のような大企業ではなく、ほんの小さな問屋である。そこに3年ほど勤めた。

いい会社だった。生産性を重視する会社だったから、だいたい毎日定時に帰れた。年に何度も出張があって、あちこち出かけられるのも楽しかった。

待遇も、そこそこよくしてもらっていた。それなりに頑張ったというのはもちろんあるが、入社して1年で役職を貰い、毎年キチンと昇給させてもらった。給与は、おどろくほど高いというわけではない。世代平均とおなじか、やや下くらいだった。でも、食うに困るというわけではなかったし、遅配や未払いはなかったので、それでいいと思う。

上司からも、とてもよくしてもらっていた。上司は、私より20歳ほど年上で、親子ほどの年の差ではないが、よく飲みに連れていってもらったりして、息子のようにかわいがってもらっていたと思う。本当に、よくしてもらっていた。

岐阜から出てきたばかりの田舎者、慣れない都会暮らしでオロオロしていたところを、いろいろな面から支ええてもらい、育ててもらい、深い恩義を感じている。給料や待遇では、かえがたい思い入れがある。

入社してしばらくしたころには、可能なら一生、この会社で勤め上げようと思っていた。それくらいいい会社だった。小さい会社だったけど、社内の期待も大きかったし、それに応えたいと思っていた。結婚もして、家庭を持って、人生これからというところだった。しかし2年目の夏ごろ、急に持病の発作が起こった。

私は、持病を隠してこの会社へ入社した。私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っている。双極性障害とは、端的に言えば、気分の急激な上がり下がり、躁状態とうつ状態を、周期的に繰り返す障害である。薬物療法で、気分の変調をある程度まで抑えることはできる。しかし、気分の変調に合わせた治療が必要なため、薬を飲み続けていても、症状を完全に防ぐことはできないらしい。

はじめは、朝起きるのがつらいとか、身体のだるさを感じるとか、その程度のことだった。なんとか出社することはできたし、出社してしまえば、日々の業務をこなすことはできた。

しばらくすると、出社してからも、強い倦怠感や疲労感に襲われるようになった。仕事中なのに、強い睡魔に襲われ、自席で眠ってしまうこともあった。当時は部下もついていたので、「これでは示しがつかない」と思い、眠気を感じたら、トイレの個室で少し休憩を取るようにしていた。しかし、はじめは5分ほどだった休憩時間が、10分、20分と、だんだん長くなっていってしまった。

このときは、おそらく急速にうつ状態へ変化していっていたのだと思う。今思い返せばだが、新卒の会社ではじめて身体を壊したとき、はじめて精神科へ行ったときの状況に似ている。

休憩時間の件は、さすがに上司からも見咎められた。そこで上司に、最近の身体の変調を伝えた。当然、持病のことは隠している。上司は、体調がおかしいときは、任意で休憩することを認めてくれた。また、病院で検査を受けることを、私に命じた。

別の社員から勧められた病院へ行って、指定の検査を受けた。詳細は伏せるが、上司に結果を伝えると、「生活内容を改善するように」という業務命令が出た。というわけで、酒をやめたり、食生活を切り替えたりしたが、やはりムダだった。そりゃそうだろう、原因はアルコールや食生活とは別にある。そして、なにが原因かは、はっきりわかっていた。

このころから、満足に睡眠をとれなくなってきた。また、外出するのも困難になってきた。遅刻や欠勤が常態化しており、会社からは「出勤日を減らしてもいいから、身体を休めるように」と言われ、週3~4日の出勤にしてもらった。しかし、状況はよくならなかった。

最終的に、まったく出勤できなくなった。ベッドから起き上がれない。これ以上手を尽くしてもムダだし、これ以上会社や上司に迷惑をかけられないと思い、退職届を提出した。

退職届を出したときの、上司の残念そうな顔、今でも覚えている。当時はすごくつらかったが、今思い返せば、それだけ認めてもらっていたのだと、少し報われた気持ちになる。

最終出勤日、会社が送別会を開いてくれた。終わってから、上司から「席を空けておく」「また一緒に働きたい」と言ってもらった。その場で泣きそうなほどうれしかったが、きっと私があの会社に戻ることは、もうないだろう。

私は、障害を隠したまま、あの会社に入った。本来なら、隠してはならないことを隠していた。会社や上司を騙していた。非常に不誠実だし、信義則に反するし、場合によっては解雇などもありえたかもしれない。退職までの一連にしても、私の体調がドン底になるまで付き合ってくれた会社と上司には、いくら感謝してもし足りない。

全部、洗いざらい話してしまったらどうか。本当は双極性障害で、それを隠して入社していたこと。もう一度この会社で働きたい。障害もひっくるめて受け入れてほしい。上司はそれを聞いたとき、どんな顔をするだろうか。障害者である自分を拒否されるのが怖いから、障害をオープンにできない。

それで、今は就職していない。最近は、就活っぽいこともしていて、就労移行支援事業所へ、何度か見学や体験に行ってみた。就労移行支援事業というのは、私みたく精神障害のために長期離職していた人や、障害が原因で就職が困難な人たちに対して、必要なトレーニングを受けさせて、就職の支援を行う事業である。

ただ、実際に行ってみたら、ミスマッチを感じてしまい、ここのところ足が遠のいている。就職のために、なにかしなければならないと思いつつ、今のところまだなんのアクションも起こせていない。

就労移行支援のミスマッチ、別に事業所が悪いとか、そういうことではない。事業自体は、素晴らしいと思う。詳細は省くが、精神障害の患者が社会参加する機会を作る、素晴らしい事業である。単に、障害者雇用の雇用条件に納得がいかない。給与水準が低すぎる。

そりゃ「前の会社と同じ額をよこせ」とは言わないが、30歳、既婚で、たとえば額面18万弱・賞与なしというのはキツい。掲示されていた求人票を見ると、フルタイムなのに額面15万という求人もあった。これ、最低賃金以下じゃないのか。私の田舎でも、こんなひどい求人はあまりなかったが、これが障害者雇用の現実なのかと知り、衝撃を受けている。

新卒の会社は精神障害で退職して、前の会社も精神障害で退職したので、次は障害をオープンにして(明らかにして)就職したいと思った。私の障害を、まわりの環境が受け入れてくれるというのは、すごく魅力的に見える。

ただ、障害者雇用の条件内容がこれでは、ちょっと厳しいかもしれない。なんのために働くのか、働く理由を問われれば、人それぞれ、いろいろあるかもしれない。私の場合、働く理由の第一は「生活していくため」だから、生活していけないような条件では、働く意味がない。

かといって、また障害をクローズにして(隠して)働くのにも、抵抗がある。最近は、体調も落ち着いているし、これから数年くらいは、上手く障害を隠し通せるかもしれない。しかし、それ以上の期間となってくると、また前のように、調子を崩すこともあるだろう。過去の経験から、3~4年に一度、かなり長い期間にわたって、かなり深く気分が落ち込む。

もうひとつ問題がある。過去に障害を隠して就職し、そのあと体調が悪化したときには、高い確率で自殺を図っているということだ。新卒の会社では、体調悪化の末に、2回自殺を図った。前の会社のときは、自殺未遂はなかったものの、次はどうなるか、わからない。

オープンもダメ、クローズもダメとなると、あとは自分で稼いでいくしかない。はじめは、この選択肢がいちばん現実的かと思った。きっと甘い考えなのだろうけど、フリーランス・自営であれば、体調を崩している時期は、療養に専念できる。当然、そのあいだの仕事はなくなるが、そのぶんは、他の時期でカバーすればいい。

しかし、スキルなし、資格なし、あるのは営業経験のみという私が、自分の腕一本で金を稼ぐのは、相当厳しい道だろう。以前、noteというWEBサービスで、いくらくらい稼げるのか試してみたが、うーんなるほど、厳しい現実を突きつけられて、うなっている。これはヤル気の問題かもしれないし、ムリだと決めつけるのは早計かもしれないが、自営業としてやっていく先の展望は、まったく見えない。

今思い返すと、会社員時代は幸福だったなあと、しみじみ思う。固定給だから、毎月の生活のやりくりもしやすかった。たとえば、風邪を引いて数日休んだ月でも、そうでない月とおなじ額の給与が貰える。ときには有給を使って、給料をもらいながら旅行もできた。幸いなことに、私がいた会社は、年に2回の賞与もあった。

そのかわり、週5日一日8時間は拘束されるとか、残業があるとか、転勤があるとか、社内で理不尽な目にあうとか、頑張っても給料が上がらないとか、そういうことはある。その結果、私みたいに、精神を病んでしまう人もいるわけで。会社員と非会社員、どちらがいいのかはわからないんだけど、もし私がふたたび健康な心身に戻れたとしたら、間違いなく会社員の立場を選ぶと思う。

でも多分、私もう「普通の会社員」にはなれないんだよな。会社員になろうとするなら、障害者枠で働いていくか、障害という時限爆弾をこっそり抱えて働いていくかしかない。そして今は、どちらにも強い抵抗がある。

さりとて、フリーランスにもなれない。サラリーマンしかやったことがない、人の作った仕組みのなかでしか働いたことがないから、肝心の稼ぎ方が、わからない。今は、とりあえずできそうなことにいくつか手を出しているが、生活できるだけ稼げる日が来るのは、いつのことやら……って感じである。

まあ、嘆いていても、しょうがない。障害にせよ、年齢にせよ、なんにせよ、過ぎたことだから、受け入れるしかない。それでもやはり、これからどうしていけばいいのかが、わからないでいる。

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