酒に救いを求めるな

02.メンタルヘルスのこと
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年明けすぐから、禁酒を始めた。もうすぐ九ヶ月経つ。はじめのうちは、禁酒というより節酒、機会飲酒に近いやめ方。冠婚葬祭のときにだけ飲んでもいいルールで、月に一度くらいは、お酒を飲んでいた。生活も落ち着いていて、わりと平和に節酒を続けられていた。

そのあと、持病の双極性障害(躁うつ病)が悪化して、うつ症状が出始めた。そのときに、ささいなことがきっかけで、妻と激しい喧嘩になり、衝動的に家を飛び出して、飲酒をしてしまった。

ここで、自分にとってアルコールは「逃げ道」なのであり、節酒を続けていても、なお依存心が残っていることに気づき、完全に断酒することを決めた。

以来、お酒を一滴も口にしていない。パーティの席の食前酒も、乾杯のビールも、すべて断っている。アルコールをふくむ食品も、極力避けている。完全に禁酒してから、たしかそろそろ半年が経つ。

そもそも、いつからお酒を飲んでいるのか。恥ずかしい話だが、中学生のころから飲んでいる。お酒とタバコとギャンブルと車と※※※※くらいしか娯楽のない田舎で育ったので、致し方ないことかもしれない。当時は、親のお酒をこっそりくすねる程度で、非行には間違いないが、かわいい飲酒だった。

本格的に飲酒の習慣がつきだしたのが、大学に入ってから。すでに酒を飲み慣れていたから、大学へ入学するなり、すぐに頻繁に飲みに出かけるようになった。当時は、年齢確認も今ほど厳しくなかったので、お酒を手に入れる・お酒を飲むことは、簡単だった。

学年を追うごとに、飲酒量は増えていった。バイトの賃金だけでなく、奨学金すら溶かしながら、お酒を飲んでいた。今思えば、このときからすでに、少しおかしかったのかもしれない。

社会人になってからしばらくは、おとなしい生活をしていた。給料も少ない。地元の大企業、東証一部上場企業だったが、初任給の手取り金額は、14万円くらいだったことを覚えている。

2~3年目になると、生活にも慣れてきて、また給与も大幅に上がっていた。かわりに、仕事のストレスが、劇的に増えてきた。心の頼りは、お酒だった。はじめは、誘われたら飲みに行く程度だったのが、次第に自分から飲みに誘うようになり、最終的には誰からも相手にされなくなって、ひとりで飲みに行くようになった。このころ、平日は毎日飲みに行っていた・あるいは当時住んでいた会社の寮で飲酒していた気がする。

こんな生活を何年か続けていたら、心身のバランスを崩した。毎日キツめの不眠が続いて、お酒を飲まないと眠れないのだが、お酒を飲むと翌日とてもしんどい。でも眠れないから、お酒を飲むのを止められない。そんな負のスパイラルにおちいっていた。

結局どうなったかと言うと、会社の寮の自室で倒れた。はじめは、身体的な原因かと思われ、いくつかの病院で検査を受けたが、肝数値がやや高い以外、なにも異常は見つからなかった。最終的に、心療内科へ回され、診察の結果「抑うつ症状」の診断を受けた。

ここから、人生がメチャクチャになっていく。今思い返せば、ずっとアルコール依存だった気がする。

大学生のうちは、酒量はバカみたいに多かった(ご多分に漏れず、ピッチャー一気とかしていた)ものの、楽しくお酒と付き合えていた気がする。コミュニケーションも弾んだし、酒席を通して得たもの、学んだことは大きい。

社会人になってからのお酒は、まるで悪い友人のようだった。仕事の憂さを抱えたまま、ひとりで飲み屋に入り、虚空と向き合ってお酒を飲む。そのうちお酒に籠絡されて、憂鬱な気持ちが一時的にまぎれていく。なにを話すでもなく、なにかを考えるでもなく、ただ酩酊に包まれていく。お酒は優しいけど、優しいだけだ。

私が心療内科へたどり着いたのは、寮で倒れて、いよいよもうダメになってからだった。もっと早く「自分の精神が危険だ」ということに気づいていればよかった。眠れなくなったとき。飲酒量が劇的に増えたとき。朝起きる・仕事へ行くのが苦痛になったとき。いろんなサインがあったにもかかわらず、すべて見過ごしてしまった。

多分、結構長い期間、精神的にはまいっていたんだと思う。まいっていたんだけど、仕事に対する責任感、苦難を乗り越えなければならないという義務感、あとは若くて無理がきいたなどの要因が重なって、心身が破滅するまで頑張り続けてしまった。最終的には、双極性障害になって、取り返しのつかないことになってしまった。

社会人時代の生活は、苦しかった。労働時間はそう長くない。8時出社、22時退勤。長いな。勤務中は、常に緊張の連続で、顧客からなじられることもあれば、上司から詰められることもあった。人数の多い職場だったから、人間関係にも気を使う。職場内の規律は厳しく、また暗黙のルールも多かったから、ますます精神がすり減っていく。

友人は、少なかった。大学時代の友人たち、卒業・就職で、みな散り散りになってしまって、おのおの新しい人間関係を築いていく。私は、会社の寮に入っていて、そこには同期や先輩がいた。たまには一緒に遊ぶのだが、どうも腹を割って話すような仲にはなれない。毎日孤独で、山積みになったストレスを前にして、呆然としていた。

きっと、救いがほしかったんだと思う。心のスキマ、孤独を埋めるなにかを、求めていたんだと思う。そこへ巧みに入り込んできた、と言うより、自分から招き入れてしまったのが、アルコールなんだろう。

私は医者じゃないから、なんとも言えないんだけど、酒量が増えた・飲酒が習慣化したときはすでに、なんらかの精神疾患的な状態だったのだと思う。気分がふさぐほか、不眠・身体の震え・ほてりや冷え・異常な発汗など、自律神経系の異常は、あらかた出ていた。

お酒を飲めば、それらは一時的にだが、治まってくれる。睡眠(というより、気絶に近かったが)できるし、手足の震えも止まるし、なんていうか、心身の細かなことが気にならなくなる。酔っ払っているので。

抑うつ的な気持ちも、晴れるわけではないが、どこかへ消えてくれる。明日の仕事のことも忘れられるし、記憶がなくなる、意識が不確かになるまでお酒を飲めば、一時的には「救われた」ような状態になれる。

だけど、お酒を飲んだところで、現実はなにも変わらない。どころか、過量飲酒で身体を痛めつけることで、状況はどんどん悪くなっていく。さっき「お酒を飲めば眠れる」と書いたけど、この認識は大きな誤りだ。飲酒して意識を失ったあとも、内臓はアルコール分解のためにせかせかと働いている。血管を巡るアルコールのせいで、身体じゅうが、しっちゃかめっちゃかになっている。だから、疲労はマトモに回復しない。アルコールのあとの眠りは、正しい「睡眠」ではない。単に「気を失っている」だけだ。

二日酔いにでもなれば、翌日の生活にまで影響が出てくる。「飲みすぎちゃったけど、明日は休みで予定もないし」みたいな日だったら、べつに構わないんだろう。だけど、たとえば翌日も仕事だったり、午前中から人と会う予定があったりしたら、二日酔いのまま行くしかなくなってしまう。職場の同僚が酒くさかったり、眠そうで気もそぞろだったら、どう思いますか? 私ならイヤな気持ちになるが、自分自身はそんなことを繰り返していた。

お酒に、救いなんてなかった。お酒は、親切そうに手を差し伸べてくれるように見える。お酒は、一時は安らぎを与えてくれる。しかし、お酒に頼りきりになった先には、破滅が待っていた。あのとき、お酒に頼らず、自分の現状をちゃんとみつめて、早く心療内科なり精神科へ行っていれば。もっと早く、睡眠薬や安定剤、向精神薬を使って薬物療法を始めていればと考えると、後悔は尽きない。

もちろん、お酒が悪いのではない。楽しいお酒も、間違いなくある。精神がつらいとき、医療ではなくお酒に頼った私が悪い。お酒は、安易な手段だと思う。お酒は簡単に、安く手に入れることができるし、そしてすぐ気持ちよくなれる。むずかしい問題から逃げ続けて、安易な手段へ走って、問題をごまかし続けた私が悪い。

つらいときに、お酒を飲んだって、なんの解決にも、救いにもなりはしない。どころか、深い沼へハマっていくように、ズルズルとお酒がやめられなくなる。そして、その先に待っているのは、うつ病や不眠症、アルコール依存症などの精神疾患・精神障害、そしてめちゃくちゃに破壊された生活と人生だ。

アルコールは、人間のなにもかもを破壊してしまう。健康な身体、精神、仕事、人間関係、家庭……どれもかけがえのない、そして取り返しのつかないものばかりだ。私も、いくつか壊してしまった。自分の憂さ晴らしのために、お酒を飲み続けたがために、壊してしまった。

お酒と精神疾患・精神障害との相性、最高に最悪だと思う。アルコールによる酩酊で、一時は抑うつ状態から脱出できたり、現実の不安・生きづらさから解放されたような気がしたりする。だけどそれは、一時的なものに過ぎない。どころか、お酒は真綿で首を絞めるように、少しずつ健康を蝕んでいく。深い傷口に対して、汚れたガーゼをあてて止血するようなものだ。

「精神的につらい」と思ったとき、お酒へ逃げるのはやめよう。本当につらいときに行くべきなのは、酒屋やコンビニではなく病院で、本当につらいときに飲むべきなのは、アルコールではなく薬だ。心療内科や精神科、通院するのに抵抗があるのはよくわかる。私も、昔はそうだったし、今でも少し抵抗がある。でも、アルコールで心身をボロボロにするよりマシだ。

向精神薬等を服薬している人なら、おわかりになると思うけど、向精神薬とアルコールの併用は、絶対に禁忌だ。アルコールによって、向精神薬の効果が消える場合もあれば、逆に効きすぎる場合もある。私も、以前はお酒と向精神薬を、平気で併用していた。今は、ちゃんと救われたい、つらさから逃れたいという思いで、お酒を断って、薬物療法を行っている。

また、アルコールの作用で気分がアッパーになったり、逆に酔いが冷めたときには、ダウナーな気分におちいったりすることもある。精神は安定していたほうがいいから、つらいときこそお酒を飲まないほうがいい。

娯楽としてのお酒、楽しい酒席があることは、まったく否定しない。私も、楽しい酒席をたくさん経験してきている。ただ、そこで自分がお酒を飲む必要は、ないんだ。まわりに合わせる必要も、ない。烏龍茶でも飲んでればいい。昔は、飲酒を強要されることがよくあったが、最近はあまりないようだ。本当に、いい時代になってきた。

つらかったら、お酒に頼らず、病院へ行こう、そして薬を飲もう。お酒は苦しみをごまかしてくれる、つらさの輪郭をぼやけさせてくれるけど、お酒があなたを救ってくれることは、絶対にない。むしろ、破滅へと導いていく。つらいときに、お酒を飲むのはやめよう。酒に救いを求めるな。

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