スマイルはゼロ円じゃない

04.じんせいのこと
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私は、今でこそ仕事をしていないが、それまでは、わりと長い期間、営業職として働いてきた。

営業職なので、モノを売る。モノを売ると言っても、主に無形商材を売る仕事をしていた。1社目の銀行では、金融商品を売っていた。2社目の商社では、商品の販売権を売っていた。1社目、金融商品の営業が、マジでキツかった。

無形商材なので、顧客に商品を見せることは、できない。洗濯機や車みたいな有形商材を売るときのように、実際の商品を見せながら「この商品のココが優れていて~」とか「従来の商品と比べて~」とかのような売り方は、できない。

金融商品、たとえば個人保険や投資信託などの場合、運用元が作った、商品のパンフレットやリーフレットなどの資料があった。こういった資料、社内で商品知識のお勉強をするぶんには役に立ったが、客先へ出向いて販売するときは、あまり役に立たなかった。

というのも、最近の金融商品のパンフレットというのは、広告表記が極めて厳密になっている。また、法令に定められた記載必須事項が多すぎることで、「商品をプレゼンする資料」としての用を、あまりなさなくなっていた気がする。

保険や投信だと、資料を見せながら顧客にプレゼンしたところで、商品の特徴やメリット・デメリットはロクに伝わらない。資料が複雑すぎるからである。そんな状態で、いったいどうやって顧客にセールスをかけるのか。答えはひとつ、お人柄である。

営業のハウツーでよく言われることだが、「商品を売るのではなく、自分を売る」のである。商品を見ないで……おじさんが頑張ってるとこを見て……といった感じで、商品のディテールから、目をそらさせる。究極の状態を言えば「この人が売っているものなら、どんなものでも大丈夫」と信じさせるのだ。

営業とか接客とか、人間相手の仕事をやってりゃ、なんとなくわかってくることだとだけど、人には「喜びのツボ」とか「怒りのツボ」とかがある。営業としての信頼を得るのは簡単で、顧客の「喜びのツボ」だけを、連打しまくればいい。

「喜びのツボ」は、人によって異なる。それを見つけるのは、簡単なことじゃないように思える。しかし、個人的には、そうむずかしいことでもないと思う。顧客の属性にもよるし、あくまで私の個人的な経験だが「元気にあいさつをする」「お礼とお詫びを欠かさない」「相手を敬い、持ち上げる」「相手の望みを叶えてやる」これくらいのこと、人として基本的なことを徹底してやっていれば、顧客はすぐに心を開いてくれるし、「営業として」信頼を得られるようになる。

手前味噌なんだけど、営業の仕事は、向いていたのだと思う。ドブさらいの営業スタイルで、毎日お客さんのゴキゲンをとって、一生懸命に御用聞きをしていた。そうしたら、いつのまにか「私の言うことを、なんでも聞いてくれるお客さん」が、何人もできていた。おかげで、体調を崩して仕事に支障が出ていたときも、営業ノルマはつつがなくクリアすることができていた。

ただ、ああいうスタイルの営業は、二度とやりたくない。

「感情労働」という言葉がある。「感情が労働内容の不可欠な要素であり、かつ適切・不適切な感情がルール化されている労働のこと(ウィキペディアより)」だそうで、一般的には接客・サービス業における労働が、「感情労働」に該当するらしい。

たとえば、キャビンアテンダントはいつも笑顔だ。だらしないホテルマンはいない。看護師さんは白衣の天使だ。マックのスマイルはゼロ円だ。こういうのを、感情労働と言うのだろう。

私がやっていた営業スタイルも、感情労働に近かった気がする。営業で「自分を売る」「自分を商品化する」というのは、つまり、自分の感情を相手に切り売りすることとおなじなんじゃないか。

営業をやっているときは、相手の顧客によって、表出するキャラクターがまったく変わっていた。息子を望む人の前では、息子になった。子分を望む人の前では、子分になった。アドバイザーを望む人の前では、アドバイザーになった。典型的な銀行員を望む人の前では、典型的な銀行員になった。

こんなことをしていると、いったいどれが「本当の自分」なのか、わからなくなってくる。休日になっても、「平日の演技」が終わらなくなってしまう。うつ病になってしまったこと、感情を酷使したのも、ひとつの原因かもしれない。

感情とは、人間の根源的な部分だし、仕事で消耗させていいものではないと思う。肉体労働にしても頭脳労働にしても、休養を取ればある程度は回復するだろう。しかし、感情はどうなんだろう。私が営業やってたときは、そもそも休日もゴルフとか入っていたりして……あと、友人も少なくて、ひとりでお酒ばっか飲んでたから、上手くリフレッシュできていなかった。

感情が消耗すると、ある瞬間に燃え尽き症候群(バーンアウト)になってしまうこともあるという。

感情労働のなにがイヤって、感情に対する給付が、適切になされていないことだ。これは私の持論なんだけど、「人の感情はタダ」だと勘違いしている人が、世の中には結構いる気がする。

たとえば「悪くなくても、とりあえず謝る」「相手が年下だから、初対面でもタメ口」「客は店員には、なにを言ってもいい」「敬老」など……全部害悪だと思う。

感謝・謝罪・尊敬・敬愛……すべての感情表出に価格をつけろとか、そういう話ではない。しかし、感情も互酬的なものであるから、なんの給付もないところに発生した(発生させられた)感情は、精神的な負債になって、心の歪みとなる。

接客業でも、ムリに顧客に愛想を振りまく必要はなく、淡々とオペレーションをこなせばいいと思う。特に、安価なファストフードなど、高くない時給で、大切な感情を消耗させるのなんてバカバカしい。

「おもてなし」とか「あたたかみのある接客」とか言う。そういうのは、お店側のコンセプトや理念として提示されるべきもので、顧客側から当然のように求めていいものではない。

もし求めるなら、それに対する対価を支払うべきだ。そうでないなら、もう乞食行為、感情乞食だろう。人の感情はタダじゃない、スマイルはゼロ円じゃない。

「お客様は神様です」という言葉もあるが、これも「お店側の心がけ」の話であって、客側がムリを通すために使っていい言葉ではない。だいたい普通、自分で自分のことを「神様」って呼ぶか? 図々しいにも程があるし、恥を知ったほうがいい。

みずから「お客様は神様です」とのたまうこと、これも立派な乞食根性、モンスター顧客だと思う。こういう、自己の都合や利益だけを主張する顧客が増えてきたから、日本の接客現場は疲弊して、殺伐としてきている。すべて客が悪い。

たしかに、笑顔で明るく接客されたら気分はいいけど、それを積極側に強制してはならない。「笑顔で接客すること」は、接客業として望ましいことかもしれないが、義務ではない。「笑顔で接客すること」を強要するのは、立派なハラスメントだと思う。

笑顔で接客してもらいたいなら、店員さんが笑顔になるような態度を、客側が心がければいいのである。接客態度に文句をつける奴、だいたいそいつ自身の態度に問題がある場合が多い。べつに私は接客業でもなんでもないが、世間にはびこる「お客様」には、心底ウンザリしている。

「スマイルゼロ円」なんて、クソ食らえだ。人間の感情は、タダじゃない。笑顔を向けられて気持ちよくなりたいんだったら、そのぶんの対価を支払え。

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