はじめてマニキュアを塗った話

04.じんせいのこと
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昔から、「女性的なもの」が好きだった。服装も、男性らしい直線的なラインより、女性らしい曲線的なラインのものが好きだった。

若いころ、痩せていたころは、レディースのシャツなどを好んで着ていたり、フェミニンな格好をしていた。ピアスは怖くて開けられなかったが、イヤリングとかはしていた。

就職してから、髪を刈り上げ、スーツを着て、ネクタイを締め、革靴を履いて働くようになった。それで「ああ、完全に男性になってしまったなあ」と、強く感じた。

私は、べつにMtFとか、性同一性障害とかではない。シスヘテロ(性別と性自認がおなじ)の男性である。単に、女性的なものが好きなだけだったが、就職して「男性になった」ショックは大きかった。

それから、10年以上経つ。一昨年に、勤めていた会社をやめて、もうスーツを着る必要はなくなった。「これでまた好きな格好ができる!」と喜んだのも束の間、今度はべつの問題が降りかかってきた。歳をとって、そして太っていたのだ。

これは偏見なんだけど、フェミニンな格好をしている人って、容姿もフェミニンで、細くて、若い人が多い気がする。というか、そうでないとサマにならない。

ひるがえって、自分を見てみると、容姿はよく言って人並みとしても、太っていて、そして若くない。フェミニンな格好がサマになるとは、とても思えなかった。

あくまで私はシスヘテロの男性だが、染髪や化粧などにも興味があった。しかし、残念ながら、それに手を出すには遅すぎた。そう思っていた。

先日、妻の買い物につきあって、ドラッグストアへ行った。妻と一緒にドラッグストアへ行くのは、あまり好きではない。日用品を買いに来ただけのはずが、気づいたら関係のないもの、たとえば化粧品や洗顔を物色していたりして、買い物が長くなる。

とくに、化粧品を見たくない。理由は、大きくふたつある。ひとつ、単に興味がない。自分が使わないものを見ても、仕方がない。女性の方、男性と一緒にホームセンターへ行って、ウンザリしたことはないだろうか。アレと似た感覚だと思う。

ふたつ、化粧品を見ていると、どうしても「自分が失ってしまったもの」について、考えさせられる。10年前なら、化粧をしてもサマになったかもしれないが、今はもう……という思いになって、ミジメになってくる。

しかし、妻に向かっては、表立って不満を言わないようにしている。妻には妻の楽しみがあり、それは尊重しなければならない。

その日も、気づいたら妻と化粧品コーナーにいた。リップやチークを物色する妻のうしろで、少しイライラしながら待っていた。

ふと、向こうの棚に目をやると、そこに大好きな色のマニキュアを見つけた。深いオレンジ色の、小さな瓶。ひとつ300円と、お手ごろな価格だったので、使いみちも考えず、「色が好き」というだけの理由で、買ってしまった。

帰宅して、テーブルの上にマニキュアを置いて、「これ、どうしよう?」と悩んでいると、妻がベースコートを出してきて、さっさと爪に塗るよう勧めてきた。

ベースコートを塗り、乾かして、マニキュアを塗り、乾かして、またベースコートを塗る。はじめてだったので、あまり上手くできなかったが、両手の爪先が、深くあざやかなオレンジ色になった。

そのとき、自分を飾るのに、性別や年齢、体面など気にする必要はないのだと気づいた。30代のオッサンだって、爪をオレンジ色に塗ってもいいじゃないか。多少太ってたって、タイトなシャツを着てもいいじゃないか。

フェミニンな格好とか、女性的なお洒落、年齢や体型を言い訳にあきらめていたけど、いざやってみると簡単だし、やっぱり気持ちいい。

いや、小太りのオジサンが、フェミニンなオシャレを楽しんでたら、まわりからはキモいと思われるかもしれない。多少はキモいかもしれない。だけど極論、他人からどう思われようと、どうでもいいだろう。

爪を塗ったら、世界が少しだけ変わった。今までは「オジサンだから、フェミニンな格好は卒業しなきゃ」と思い込んでいたけど、ぜんぜんそんなことなかった。好きな格好をすればいいんだ。

「男だから」「女だから」「太っているから」「顔がよくないから」「オジサンだから」とかの理由で、オシャレをあきらめるのは、もったいない。男だろうが、女だろうが、若かろうが、歳だろうが、自分の好きな格好をすればいい。

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