特別なことじゃない

02.メンタルヘルスのこと
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noteを書いていたころ、他の人が書いたnoteをよく読んでいた。主にフォロー/フォロワーさんの記事と、あとは人気記事。関心のあるタグの上位記事なんかにも、目を通していた。

もとは「どんな記事が読まれやすいのだろう?」ということを探るつもりで読み始めた。しかし途中からは、すっかり興味本位で読むようになった。いろんな人が、いろんな立場から、いろんな記事を書いていて、おもしろい。

乱読気味ではあったが、やはり自分とおなじ属性の人・おなじ境遇の人の記事が、興味深い。精神疾患・精神障害を持っていて、病気や障害と戦っている、あるいはともに生きている人。いろんな悩み方、いろんな生き方があって、とても勇気づけられる。

記事を読みあさっていて気づいたが、noteで自らの境遇を開示する著者は、おどろくほど多い。こんなにたくさんの人が、私とおなじ悩みを抱えて、つらさや苦しさにあえぎながら、それでも生きている。喜んでいいことではないだろうが、それでもなんだか心強くなった。

記事の内容も、身をもって理解できるものが多い。今まさに病気や障害に苦しむ人は、つらい、苦しい、助けてほしいなど、自己の境遇を吐き出すように書き記したものが多い。私もそう。大いに共感できる。

一方、病気から抜け出した人、あるいは病気と上手くやっている人は、こうしたほうがよかった、こういうものがあればよかった、こうして上手くやっているなど、具体的な改善策に言及した記事も多い。症状や状況は人それぞれなので、もちろん鵜呑みにはできないが、読んでいてためになる。

おなじような境遇、おなじような悩みや苦しみでも、やはり書き手が変われば、中身も変わる。それぞれの著者が体験した、ユニークなできごとが、それぞれの著者のユニークな視点で語られていた。

こうやって見ていると、個々人の経験や感情こそユニークではあるものの、精神疾患や精神障害を持つことは、決して特別なことではないなと思う。今日もどこかで、誰かが自身の病について語っている、そんな状況である。

私が双極性障害(躁うつ病)になったのが、だいたい10年前。当時私は銀行に勤めていて、あまりお金がなかったこと以外は順風満帆だったのだが、激務で身体を壊し、いくつかの病院・診療科にかかった結果、最終的に心療内科で「抑うつ状態」と診断された。そのあと、またいろいろあって双極性障害に診断名が変わり、そして今に至る。

正直、はじめは意味がわからなかった。過労で倒れるのは、人間だから仕方がないこととして、それまでは健康そのものだった。会社で受けたストレスチェックでも、ストレス耐性は抜群だった。精神疾患になんてなるはずないと思っていたから、「心療内科へ行け」と言われたときも(なに馬鹿なこと言ってんだ)と思っていた。あまりにもいきなりすぎたが、結局、双極性障害になっていた。

精神疾患(障害)って、なんの前触れもなく、いきなりなる。安定した職があるとか、仕事が上手くいっているとか、経済的に恵まれているとか、家族仲がいいとか、友人が多いとか、恋人がいるとか、あまり関係なく、いきなりなる。

なんというか、運命みたいなもので、すべての人が因子を持っていて、たまたま発症しない人もいれば、残念ながら発症してしまう人もいる。そういうものだと思う。

よく考えたら、これは精神障害に限ったことではない。身体の場合でも、通勤中に交通事故にあった、仕事中に機械に身体を巻き込まれた、休日に自転車で転んだ、落下物で頭を打ったなど、ほんのささいな事故で、誰しもが障害者になりうる。また、後天的な障害だけでなく、先天的な障害も、当然存在する。

こう考えると、人というものは、みな潜在的に病人であり、障害者であると言ってもいいのかもしれない。私も、noteに自分の体験や思うところを書いていた(今はこのブログに書いているので、読んでほしいね)が、私がたどった物語は、もしかしたら、違う誰かの物語だったのかもしれない。

障害を持っていることで、どこか自分は特別だと思っていた。自分が障害を持ったことには、なにか特別な理由があると思っていた。自分は障害によって、特別な経験をして、特別な知見を得られていると、そう思っていた。自分のことをわかってほしいと願っていた。でも、どうせわかってもらえないとあきらめて、孤独を感じていた。なぜなら、自分は人とは違う、自分は特別だと思っていたので。

たくさんの人が、精神疾患(障害)のために苦しみ、あえいでいる記事をnoteで読んで、いやらしい話だが、私はすごくうれしかった。私は、特別じゃないんだ。私は、ひとりじゃないんだ。私は、孤独じゃなかったんだ。声を上げて喜びたいくらいだった。

もちろん、自分がなんら特別じゃなかったことについて、いささか残念に感じる部分はある。たくさんの人々の人生のなかで、自分は悲劇のヒーローの役を演じていると思っていた。その役を降りなければいけないと思うと、そりゃ少しは寂しい。

でも、私は特別ななにかじゃない。特別に数奇な人生を歩んでいるわけでもない。数多いる双極性障害当事者のひとり、ごく普通の精神障害者なんだ。そして、私のかたわらには、私とおなじように、苦しみながら生きているたくさんの当事者がいて、彼らがつむいでいく人生の物語がある。その事実は、かけがえのないものだ。

私は特別な精神障害者じゃないけど、これからも、自分の人生をちゃんと生きて、それを自分の言葉で紡いでいきたい。日々の苦しみに、共感してもらいたい。苦しいのはひとりじゃない、みんな孤独ではないということを伝えたい。読んだ人が「自分も生きていこう」と思ってくれるような物語を、作っていきたい。

そして、今は健常者の方々にも、私の文章を読んでもらいたい。少しイヤな言い方になるが、今までのあなたにも、障害者としての人生があったかもしれない。そして、これからのあなた自身にも、障害者としての人生がありうる、そういうことを伝えたい。

そしてどうか、身近にいる障害者の方々に対して、すこしでも慈しみの心を持ってもらえたらうれしい。「明日は我が身」の思いで、彼らを思いやり、助けてくれたら、なによりもうれしい。誰か私を助けてくれ。

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