焦っちゃダメだと言うけれど

03.精神障害のこと
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双極性障害(躁うつ病)になってから、もう10年が経つ。そのあいだにも、いろいろなことがあった。職を失ったり。職が変わったり。暮らす場所が変わったり。結婚したり。また職を失ったり。障害との向き合い方が変わったり。いろいろな変化があったが、上京をおおざっぱに見ると、あまり進歩がない。

あいかわらず双極性障害に振り回されている。せっかく得た職も失ってしまって、今は仕事をしていない。なにかで大きな成果を上げたわけでもない。10年間、その場で足踏みをしてきたような格好である。

10年前、双極性障害になった直後は、本当につらかった。新卒の会社に入って、まだ3年ほどしか経っていないころだった。当時は、双極性障害のことをよくわかっていなかったので、まったく謎の症状に毎日悩まされ、生活はメチャクチャになっていた。新卒で入った会社では、体調の悪化で、二度休職させてもらった。しかし、いくら休んでも、体調はよくならない。そのうえ、ハチャメチャなパワハラなどもあって、結局退職してしまった。

しばらく無職をして、その後フリーターになる。フリーター時代は、意味不明なまでの激務だったが、ゆるい職場だったから、ストレスは少なかった。このころは体調も安定していて、双極性障害のことを意識することはあまりなく、日々の仕事もなんなくこなせていた。激務だったが。

このあと、転職を機に上京する。上京して2年くらいは、体調も安定していた。手前味噌ながら、非常にいいパフォーマンスを発揮できていたし、給与も順調に上がっていって、とてもハッピーだった。このころは、障害のことなんてすっかり気にしなくなっていて、薬物療法さえ続けていれば、万事オッケーだろうと思いこんでいた。

上京して3年が経つころ、なんのきっかけも前触れもなく、急に体調が崩れた。夜眠れない。朝起きられない。職場で寝てしまう。精神状態が乱高下するなど……有給を使ったりして、だましだましやっていたが、再び先行きの目処が立たなくなって、ここも退職してしまった。そして、現在に至る。現在も、わりと深刻な不眠、断続的なうつ症状などに悩まされている。

地元や大学の同級生を見てみると、結婚して(私もしたけど)、子供をもうけて、昇進して、車を買って、ローンを組んで家を建てて、親の面倒のことを考え始めて……と、人生というすごろくにおいて、順調にコマを進めているように見える。それがいいことなのかは、よくわからないが、人生を単線的に捉えるとしたら、間違いなく「進んで」いる。

ひるがえって、自分の姿を見てみると、双極性障害のせいで何度も「ふりだしに戻る」を食らっていて、まったくコマを進められていないように感じる。みんなが、はるか先でゲームをしているのに、私だけまだスタート地点から動けていない。当然だが、かつての友人たちとは、まったく話が合わない。

こんな自分が恥ずかしいし、悲しい。どうしてこうなってしまったんだろうと、いつも思う。他者と自分を比べてはいけない、自分には自分の人生がある。よくそう言われる。励ましてくれているんだろう、ありがたい。でも、納得できない。

私の人生って、なんだろう。双極性障害に振り回されて、職も健康も失って、ただみじめさしか残っていない。特別なスキルもない。年齢相応の職務経験もない。「私の人生」と言われても、これからそれをどうやって生きていったらいいのか、全然わからない。

双極性障害がすべての元凶だなのだと思って、コレをなんとかしようとしたことがある。先進医療を受けてみたり、民間療法を試してみたり、スピリチュアルに手を出したこともある。結果、どれもダメだった。

努めて規則正しく生活し続ける。コツコツと薬を飲み続ける。そして、再発に怯えながら暮らし続けるしかない。その事実に、改めて気づいただけだった。

妙な治療法にハマっていたころ、ある人から「焦っちゃダメだよ」と言われた。当時は「他人事だと思って、無責任なことを言いやがる」と思い、とても強い怒りを覚えた。今思い出しても、腹が立つ。

私は双極性障害になったせいで、社会人としてのレースにつまずいたんだ。私は早く立ち上がって、また走り出さなければならない。私は出遅れているから、人より早く走らなくちゃならない。私はみんなに追いつかなくちゃならない。たしかに私は焦っていたが、その焦りはまっとうなものだったと、今でも思っている。

そんなところへ「焦っちゃダメだよ」なんて言われたら、頭にくるのは当然だろう。私の気持ちなんて、なにもわかっていないくせに。

私は今でも、社会人としてのレースに復帰したい。いまだに、そう願ってしまう。でも、もうムリなんだよな。障害を持っているから。もう以前とおなじフィールドには戻れない。仮に戻れたとしても、もう以前とおなじようには活躍できない。

今なら、「焦っちゃダメだよ」の正しい意味がわかる。焦っても、ムダなんだ。焦ったところで、なんの成果も得られない。障害を持ったということは、自分がこれから歩いていくはずだった道路が、土砂崩れで通行止めになったようなものだ。私のやっていたことはといえば、道に溢れる膨大な土砂の山に向かって、闇雲にスコップを突っ込んでいたようなものだ。一度めちゃくちゃになった人生は、どうやったって、もとには戻らない。

焦ったばっかりに、道を誤ってしまった気がする。もし双極性障害になってすぐのころに、「社会人としてのレース」から降りる選択ができていれば。もっと双極性障害について詳しくなっていたら。障害を持ったなりの生き方を探せていたなら。もしかしたら、別の人生があったかもしれない。

治らないものを治そうとして、ムダな時間を費消してしまった。「以前とおなじように、社会人としてのレースに復帰したい」そういう焦りが、ムダを生んだんだと思う。「社会人としてのレースに復帰すること」しか、考えられていなかった。私は、視野狭窄におちいっていた。

過去の記事で「障害を受け入れる」「障害とともに生きる」みたいなことを書いたけど、本心を言えば、治るものなら治したい。「ギフト」だ「個性」だなんだ、美辞麗句をならべたところで、この世の中、障害は、しょせん障害だ。障害はないほうがいいし、健常者であるほうがいいに決まっている。もし双極性障害を治す方法があるのなら、私は、自分が払えるだけのコストすべてをかけてもいい。

ただ、治らないから障害なんだよな。現代の医学で、双極性障害を完治させる方法は、ないらしい。生涯にわたって、障害と付き合っていくしかないんだ。「しょうがい」なだけに。ハハハ。笑えよ。

「障害を受け入れよう」と言う人がいる。私も、最近になってようやく、そういう考えに傾いてきた。どうせ治らない、一生一緒なのだ。だったら障害を受け入れて、障害者なりに生きていけたらいいのではないかと。

ただ、障害者なりの生き方を探そうにも、どうしていいのかわからない。障害者の生き方のゴールが見えているなら、障害者の生き方のロールモデルが示されているなら、まだ頑張りようもある。しかし、障害者として、なにを目指して生きていけばいいのか、まったく見えない、わからない。暗闇のなかを手探りで歩いているようで、毎日が恐怖と不安の連続だ。

私自身、双極性障害を受け入れる覚悟が、できていない。障害者としての生き方を受け入れる覚悟も、まだない。いまだにクローズ就労(障害を隠しての就職)の希望を捨てていないし、就労移行支援(障害者への就職支援)だって、入り口で挫折してしまっている。障害者として生きるのは、イバラの道で、そちらへ舵を取る覚悟は、まだ決まっていない。

でも、受け入れるしかないんだろうなとも思う。私がこれから歩いていくはずだった道路、社会人としてのレールは、双極性障害というバカでかい落石で、完全にふさがれてしまっている。これを撤去することは不可能で、だったら別の道を歩んでいくしかない。今の私は、バカでかい岩の前で、どうすることもできずに、立ちすくんでいるだけ。そうしているあいだにも、時間は刻々と過ぎていく。

他の当事者に対しても、私とおなじように「障害を受け入れよう!」とは、とても言えない。やはり、障害はないほうがいいと思うし、障害に立ち向かおうとする意志・障害を取り除くための努力に対して「ムダだからやめなよ」とは言えない。だからといって、じゃあどうしていいのかは、わからないが……。

どう生きていったらいいのかが、わからない。こういうことを考えていると、きっと以前なら「いっそ死にたい」につながっていたことだろう。今は、なんとしても生きていたいと思う。ただ、そのための方法が、まったくわからない。

当事者の人たちの生き方、いろいろあると思う。障害を受け入れて生きていく。障害に抗いながら生きていく。どちらも、勇気ある選択だと思う。私が今まで歩んでいくはずだった、これからの人生という道路は、双極性障害によって、めちゃくちゃになっている。土砂崩れで、全面通行止め。復旧の目処は立っていない状態だ。時間をかけてでも、この道路を復旧させるか。それとも別の迂回路を探すか。これが私の、人生の選択だと思う。

障害に抗って、行くべき道を復旧させる。障害を受け入れて、迂回路を探す。どちらが、なにが正解か、私には全然わからないが、とにかく「焦っちゃダメ」だ。たとえば、仕事で精神障害になった・精神疾患になった場合、休職や時短勤務を経て、職場復帰を目指すという選択肢があるし、転職して職場を変える、退職して療養する、就労移行支援へ通う、福祉を受けるという選択肢もある。いろんな選択肢がある。たくさんの選択肢のなかから、自分の希望に合ったもの、自分の力で叶えられるものを、慎重に見極めなければならない。

今ちょうど甲子園を見てて思ったことだけど、スリーストライクまでは大丈夫なんだ。はやって初球のきわどいボールに食いつくことはない。焦るのをこらえてじっくり待って、狙ったコースのボールが来るのを待ってみても、いいのかもしれない。

障害を持ったからといって、人生すべての選択肢が閉ざされるわけではない。目の前には、前向きではないにしても、たくさんの選択肢が提示されている。だから焦らず、自分に合った、自分が希望する選択肢を見極めていくことが大切なんだろう。

私は、どうすればいいのかな。今は、全然わからない。目の前は真っ暗で、どうすればいいのか、どこへ行けばいいのか、焦りばかりがつのっていく。明かりがほしい。ほんのわずかでもいいから、人生に光明がほしい。「この方向へ歩みなさい」という、導きがほしい。

結婚してから、妻に対して、似たような感覚におちいったことがある。「夫」という、生まれてはじめての役割。「妻」という、生まれてはじめて対する相手。どう振る舞い、どう接していいか、暗中模索だった。双極性障害は遺伝病という説もあるから、私が子どもをもうける予定はない。ただ、仮に子どもができたら、またおなじ感覚を味わい、悪戦苦闘するんだろうな。

もしかしたら、この手探りの感覚こそが、まさしく人生なのかもしれない。障害は望まざるものだから、「障害は人生の妙味」などと、前向きなことは言わないが……昨日も今日も、そしておそらく明日も、真っ暗闇のなか、ひとりで過ごす。暗闇のなかに、光は見つかるだろうか。あるいは自分で見つけるものなのだろうか。今の私には、なにもわからないが、わからないなりに生きていくしかないんだろう。

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