文章組手第3回「お金」

10.文章組手
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奇しくも、大学の卒論のテーマが「お金」だった。学卒後は、銀行へ入社したから、お金にはなにかと縁がある。

大学の卒論について詳しく述べると、って言っても、もうほとんど忘れちゃったけど、貨幣の歴史と発展、みたいな内容だったと思う。

古代中世における「お金」の価値とは、「実体価値(たとえば、金や銀そのものの価値)」だったが、近現代の社会における「お金」の価値とは、「交換価値(モノとモノとの価値を、仲立ちする機能)」である、みたいなことを書いた気がする。まあどうでもいいが。

お金と縁が深いが、お金には縁がない。お金に恵まれたというか、経済的に豊かだった時期というのが、これまでの人生で一度もない気がする。

死ぬほど貧乏だった、というわけでもないが、豊かな暮らしをしていた時期もないように思う。というのも、昔から財布の紐がゆるく、またお酒が大好きだったので、とにかくお酒を飲むのに、収入の大半を費やしていた。

発端は、大学生のころ。本格的にお酒を飲みだしたあたりからである。当時、私はわりと実入りのいいアルバイトをしていて、下手したら新卒初任給より高いくらいの月収を得ていた。仕送りはなかったものの、奨学金も借りていたから、収入の状況は、今よりも間違いなくよかった。

それだけ収入がありながら、毎月末にはいつも困窮し、水溶き小麦粉を焼いただけのものとかで、飢えをしのいでいた。どうして、こうなってしまうのか。お酒である。さすがに、家賃や光熱費、学費に手をつけることはなかったが、それ以外の資金は、全力で飲酒に費やしていた。

そのまま社会人になっても、あまり成長せず、お酒ばかり飲んでいた。貯金する余裕はないどころか、悪いときにはお酒の借金もあった。

最近結婚して、ようやく「貯金をするぞ!」という機運が高まり、少し蓄えをし始めたところで、今度は会社をやめてしまった。世の中のままならなさを、痛感している。ちなみに、今はお酒をほぼやめています。

お金とお酒については、本当に後悔しか残っていない。奨学金、400万円以上の金額を借りたが、大部分をお酒に費消してしまった。そう考えると、背筋が寒くなる。

社会人になってからすぐのころ、おなじく奨学金を借りていた新卒同期の友人に「返済しんどいよね」みたいな話をしたら、「俺はもう完済してるよ」と言われた。詳しく聞いてみると、在学中は奨学金に極力手をつけず、卒業後すぐに完済したという。自分の収支状況を振り返ってみると、私も返済できた可能性は十分にあり、いくら悔やんでも悔やみきれない。

働きだしてからも、そう。友人諸氏が、毎月の給与やボーナスを積み立てて、車を買ったり、旅行をしたり、家庭を持ったりするなかで、私はひたすらお酒を飲み続けていた。車も手に入れていない、思い出も手に入れていない、そのころは家庭も手に入れていない。お酒を飲んでも、なにも残らなかったどころか、身体を壊してしまった。悔しい。

いや、悔やんでもしょうがない。これからは、もっとお金の使いみちについて、真剣に考えていこうと思う。一時の楽しみにお金をつかうこと、悪いことだとは言わない。飲み会は楽しいし、社交の場にも、内省の場にもなりうる。素晴らしいことだと思う。

ただ、私の人生のステージは、もうそういう場所を通過したように感じる。端的に言えば「結婚したんだから、もっとしっかりしろ」ってことなんですが。妻とふたり、長い人生を生きていくために、刹那的な楽しみだけじゃなく、将来につながる投資もしていかなきゃいけないような気がしている。

もとをただせば、お酒くらいにしか、お金の使いみちがなかった環境も悪い。私の地元、岐阜県っていうんですけど、地方によくあるやつで、娯楽が少ない。酒を飲むか、車をいじるか、パチンコを打つか……車とパチンコには興味がなかったし、恋人もいなかったから、そりゃお酒を飲むしかないでしょう。

あとは、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持って、将来への希望を失っていたこと。現状への不満や、不安をごまかすために、お酒に溺れていた面も否定できない。お酒は、不安を和らげてくれる。それはとてもいいことだと思うけど、お酒を飲んだところで、問題はなにも解決しない。

いろんなことがあって、最近やっと「生きていくぞ」みたいな気持ちになってきた、これからはそれを支え、高めていくために金を使いたい。

最近、ちょっといいマウスとキーボードを買った。文章でお金を稼ぎたいと思う……自信はないけど。その作業環境を向上させる意味で、買ってみた。合計15,000円程度、今の私にとっては少なくない金額だが、これは重要な投資だと思っている。今後は、こういう支出を増やしていきたいと思う。

お金があれば、なんでも手に入るとは思わない。たとえば妻とも、金銭の関係で結婚したわけじゃない。「愛は金では買えない」とか、そんなクサいことは言いませんが、お金で買えないものは、間違いなくある。たくさんある。

とか言いつつ、世の中の大部分のモノは、お金さえあれば手に入るとも思っている。私の卒論いわく、「貨幣の本質は交換価値である」と。つまり、値札が貼られているものならば、すべてお金で買える。

「なんのためにお金を使うか」が、個人の選択の見せどころ、人生の妙味だろう。お酒に使うのもよし。投資に回すのもよし。個人の自由だと思うし、それがひとりひとりの人生をかたち作っていくのだと思う。

お金は人生を豊かにもするし、貧しくもする。くれぐれも、慎重に付き合っていきたい。

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