躁状態と向き合う

03.精神障害のこと
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はじめて精神科の扉を叩いたのが、約10年前。その時期は、何ヶ月間もひどい不眠に悩まされており、当時住んでいた会社の寮で倒れた。その後、いくつかの診療科を経て、最終的に精神科へとたどり着いた。

はじめに下された診断は「抑うつ状態」。今でも「抑うつ状態って、なんだろう?」って感じなのだが、とにかく抑うつが、さまざまな体調不良の原因だと診断された。

それから会社を休職し、実家へ戻り、両親のもとで療養することになった。はじめは「サインバルタ」という抗うつ剤による薬物療法が始まった。しばらくは、しんどいうつ状態が続いたが、数ヶ月ほどすると、うつ状態は少しずつ快方へ向かっていった。

快方に向かっていったのはいいんだけど、どうも快方に向かいすぎてるっていうか、気分がよすぎる。あれこれ新しいことを始めたくなったり、急に出かけたくなったり、なにかを作りたくなったり、とにかく気持ちが落ち着かない。頭の底から、次々となにかがあふれ出してくる。

そんな楽しい毎日を過ごしていた。気持ちが上向いてきたので、向精神薬も飲まず、精神科にも行かなくなった。もう、医者も薬も要らない。誰の助けも要らない。私は、また今までどおりやっていける。そんな手応えを感じていた。

ある日、両親から「一緒に出かけよう」と言われた。30歳近くにもなって、パパとママとお出かけなんて、ダサくてイヤだ。だいたい私には、やることがたくさんある。小説を書いたり、家具を作ったり、旅行をしたり、ドライブをしたり、女の子をデートに誘ったり……両親は私をムリヤリ車に乗せて、連れてこられたのは、いつもの精神科だった。

医師から「どうですか」と聞かれる。私は「なにも問題ありません」と答えたが、同行した母は「落ち着きがなくなって」「異常な行動を」「怒りやすくなって」「金銭感覚がマヒしている」などと、私のことを悪しざまに言い立てた。

そんなはずはない、私は健康だ。ただ、前のように戻っただけ。今ならまた、なんでもできる。まだやり直せる。そう抗弁したが、結局「双極性障害(躁うつ病)」の診断がくだり、薬物療法の内容が変わって、通院と服薬が強く義務づけられた。

サインバルタの服用を止め、代わりに「リーマス」という向精神薬が処方された。リーマスを飲んだ翌日、目覚めると、世界が音と動きを失ったかのように、静かになっていた。頭の中からあふれ出していたなにか、奔流のような思考も、小川のせせらぎのように穏やかになっていた。

このときはじめて、自分が「躁状態」におちいっていたことを自覚した。きっと、この穏やかな状態が本来の自分で、昨日までの自分は、病理におかされていたのだと理解した。

躁状態のときに書いた小説、支離滅裂で、とても読めたものではなかった。車には、バカみたいな数のへこみやすり傷。作った家具は、適当な間に合わせでグチャグチャ、とても使えたものではない。「いい感じ」だと思っていた女の子からは、着信拒否されていた。旅行については、どこへどれだけ行っていたのかが、まったく思い出せない。なんの思い出も残っていない。

父の目の奥にある、わずかな敵意。母の目の奥にある、わずかな怯え。私が躁状態におちいっているあいだに、なにがあったのかがわからない。思い出したくもない。母は「毎日が嵐のようだった」と言っていた。私も、そう思う。嵐のあとには、なにも残っていなかった。

そのあとは、真面目に服薬を続けて、なんとか復職にこぎつけたり、また休職したり、また復職したり、職場から失踪してホームレスになったり、無職のひきこもりになったり、最低賃金でフリーターをやったり、また無職になったり、上京して正社員をやったり、また無職になったりしたけど、なんとか生きている。

私は双極性障害だから、気分がアッパーになる「躁状態」と、気分がダウナーになる「うつ状態」になるんだけど、躁状態とうつ状態を比べると、個人的には圧倒的に「躁状態」のほうが怖い。

うつ状態は、希死念慮が怖い。死にたくない、生きていたいのに、「死にたい」「消えてしまいたい」と思ってしまう。自殺のことが、頭から離れなくなり、ときおり行動にも移す。過去に3回、自殺を図ったことがある。OD(過量服薬)が1回、首吊りが2回。いずれも失敗したから、今もこうして生きてはいる。しかし、もし次そうなったときは、どうなるかわからない。次いつそうなるかは、わからない。私は死にたくない。

ただ、うつ状態と希死念慮については、私はある程度楽観的でいられる。なぜなら、私が自殺したとして、死ぬのはおそらく私一人だから。誰かを巻き添えにすることはないだろう。私は、すべての人に、生きていてほしいと思っている。たとえば、妻にも生きていてほしいから、妻と心中するようなことは、多分ない。そういう意味では、安心している。

その点、躁状態は本当に怖い。躁状態の私は、他者を平気で傷つける。傷つけるといっても、べつに暴力だけの話じゃない。言葉や、態度や、アルコールや、金銭や、とにかく手段を選ばず、人を傷つけることがある。

たとえば、夜中に突然電話をかける。相手の都合も考えず「会おう」「遊ぼう」と誘う。なにかを相手に強要する。過量飲酒してトラブルを起こす。相手の人格を口汚く罵る。無理矢理に金銭を集るなど。普段の自分からは、想像もつかないような行動を起こす。躁状態になると、こういう「症状」が出る。

今のところ、リーマスを飲み続けることで、躁状態の症状が出ることは抑えられている。躁状態に振り回されるの、先には一度きり、後にはもう二度とゴメンだ。そう思っていても、双極性障害を持っている以上、躁転(躁状態になること)のリスクを、ゼロにすることはできない。

最近も、妻と話をしているときに、つい態度が圧迫的になったり、口調が荒くなってしまうことがある。妻は冷静だから、そういうときは、精神状態について確認するよう指摘してくれる。妻の言うことには、おとなしく従う。妻いわく、躁っぽくなっているときは「目つきが変」になっていることが、しばしばあるらしい。

私はラピッドサイクラー(躁状態とうつ状態が急速に入れ替わる)だから、イヤなことがあったとき、つらいことがあったとき、寝不足のとき、疲れているとき、アルコールを口にしたとき、読書しているとき、ツイッターをみているとき、寝起きに、とくになにもなくても、いつでも急に、頭のスイッチが切り替わる。

自分ではコントロールできないから、障害なんだろう。自分では自覚が持てないから、障害なんだろう。スイッチが切り替わっていることに気づかず、自分では「普段通りに」振る舞った結果、他者を振り回し、疲れさせ、そして傷つける。

私と会ったことのある人、私と親しく付き合ってくれている人ならわかると思うが、普段の私は、ごく柔和な性格だ。人と争うことは、あまりない。穏やかで、平静だと思う。いや、それはよく言い過ぎかもしれないけど、少なくともトラブルメーカーではないと思う。

でもそれは、努めてそうしているからなんだ。薬で、躁状態の衝動性・暴力性を抑え込んでいるが、今でもたまにやらかしてしまう。ひどい躁状態にはおちいらなくても、ときおり自分の感情の高ぶりを抑えられなくなってしまう。些細なことで騒ぎ立てたり、他人に怒りをぶつけたり、理不尽に罵ったり、そういうことが抑えられない。

そういうときは、毎回深く反省して、落ち込む。その繰り返しで、感情の波の高さを、少しずつ下げていく。完璧な凪の状態を維持することは無理でも、津波を起こさないようにすることはできるはずだ。

嵐のような自分、それを抑圧する自分、どれが本当の自分なのか、今はもうわからない。もしかしたら、もとから短気で、自己中心的で、喧嘩っ早いのかもしれない。でも、少なくとも双極性障害になる以前は、これほどひどくはなかった。人間関係や社会関係において、頻繁にトラブルを起こすようなことはなかった。

自分が自分でなくなっちゃったみたいで、自分のことがなにも信用できなくなった。なにを楽しんでいるんだ? なにに怒っているんだ? なにに悲しんでいるんだ? それ、躁状態じゃないのか? 自分の情動が一切あてにならない。

今はただ、社会に適合できるよう、他者を傷つけることのないよう、自分をキレイにかたち作って、社会の隙間にはめ込むしかない。

ひとりだったらどれほど楽だろうかと、ときどき考える。傷つける他者がいなければ、それこそ山の奥で小屋でも作って、そこで暮らして死んでいければ、どれほど楽だろうかと。

ただ、私はきっと、ひとりでは生きられない。そんな能力はないし、寂しがり屋だし、人が好きだし、恋しいし、愛しい。だから、人と生きていくために、躁状態を徹底的に抑え込んでいくしかない。

正直、つらい。躁状態の自分が、薬を飲んでいない自分が、あるがままの自分である気もする。粗雑で、開放的で、暴力的で、無遠慮で、図々しくて、無神経で、そういう自分を解放しているときは、たしかに気分がよかった。

ただ、後からつらくなる。自分がやらかしたこと。傷つけてしまった人々。離れていってしまった人たち。失ったもの。かさんだ負債。そういうもののことを考えると、とてつもなくつらいし、その繰り返しでは、きっと生きていけない。

多分、一生リーマスを飲みつづけるんだろうな。一生、自分か自分でないかわからない自分と付き合っていくしかない。薬で維持される人格、これが本物かどうかはわからないが、もうどうでもいい。私は、生きていたい。生活を続けたい。

妻や、親しい人たちには、迷惑をかけているかもしれない。疲れさせているかもしれない。つらい思いをさせているかもしれない。本当に申し訳なく思う。けれどどうか、私を見捨てないでほしい。私は、私だ。私は私が誰だか、もうわからないけど、みんなとつながっていたい。わがままだけど、努力はする。最大限の努力はする。だからどうか、ひとりにしないでほしい。

躁状態に対して、私ができること。薬を飲み続けることと、高ぶった感情を冷静に抑圧すること。これを続けていくことが、私なりの、躁状態への向き合い方。私は、これ以上のことはできない。なにもできない。

他人任せになるが、私がおかしくなってきたら、迷わず指摘してほしい。今ならきっと、他者の言葉に、素直に耳を傾けることができる。どうか見捨てないで、私をひとりにしないでほしい。私は、社会で生きていきたい。妻と、家族と、友人たちと、みんなと一緒に生きていきたい。

躁状態も、一過性のものだ。嵐が過ぎれば、凪がくる。私は、嵐が来ないよう、最前を尽くす。繰り返しになるが、もし嵐の兆候があったら、迷わず指摘してほしい。異常な感情の高ぶりは、障害のせいなんだ。だからなんだという話だし、それをすべて受け入れてくれとは言えないが、そういうものだと思って付き合ってほしい。

私は私が、他者にとって付き合う価値のある人間かどうか、わからない。ただ、私は妻と、友人たちと、家族と付き合っていたい。どうか見捨てないで、一過性のものとして、遠巻きでいいから、見守ってほしい。どうか見捨てないでほしい。

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