病識のこと

03.精神障害のこと
この記事は約14分で読めます。

双極性障害(躁うつ病)を患ってから、もう10年経つ。双極性障害は、気分がアッパーになること(躁状態)と、逆にダウナーになること(うつ状態)を、周期的に、あるいはランダムに繰り返す精神障害である。

私の場合はだが、3~4年に一度くらいの周期で、強めのうつ状態に襲われる、これは経験的にわかっている。躁状態については、いつなるのかが、いまだに全然予測できない。

1週間くらい前、午前9時半ごろ。いつものように、ジムでのトレーニングを済ませて、喫茶店でお茶をしている最中に、突然気分が切り替わった。それまでは、ニュートラル~マイルドなうつを行ったり来たりしていたのが、まるで「パチン」とスイッチを入れたかのように、劇的に切り替わった

思考が一気にクリアになって、雲が晴れたようにいろんな考えがまとまっていく。頭のなかが全能感で一杯になって、思い悩んでいたことすべてが上手くいくような、根拠のない予感がして、今ならなんでもできるような気分になった。

おそらく、こういうことは過去にも何度かあって、そのたびに「障害が治った!」「うつ状態が治まった!」「健康を取り戻した!」みたいに思い込むことが多かったんだと思う。

思い返せば、全部躁状態で、そのときにやってしまった行為、言ってしまった言葉、表してしまった態度については、あとから後悔することが多かった。

たとえば友人や知人に悪態をついて距離を置かれてしまったり、食べ過ぎたり飲み過ぎたり、不必要な買い物をしたり、他人に迷惑をかけたり、躁状態に振り回されて、そんなことの繰り返しだった。

今回はたまたまだが、すぐに「これは躁状態だ」と気づくことができた。最近はフラットな生活をしているので、気分が大きく変わるはずはないということ。また、気分の変調があまりにも突然で、バカみたいにデカかったので、「これは躁状態だ!」と判断できた。

noteに自分の略歴や病歴を書くことで、「躁状態の自分」について改めて理解できていたことも大きい。自分が躁状態になったとき特有の思考パターン、全能感や、過度なポジティブさを、強く感じていた。また、「双極性障害は治らない」という認知をある程度持てていたので、運よく躁転(躁状態になること)に気づくことができた。

双極性障害当事者の方ならおわかりになると思うが、躁状態のときと、うつ状態のときとでは、おなじ人間とは思えないほど、感情の動きが変わる。

躁状態のときは、活動的になったり、開放的になったり、過度に社交的になったり、いろいろと奔放になったりする。逆にうつ状態のときは、過度に自己抑制的になったり、ふさぎ込んだり、ひきこもりがちになったり、日常生活もままならなくなったりする。おなじひとりの人間なのに、である。

それを抑えるために、主に薬物療法を行い、服薬によって気分の変調を抑えるんだけど、そうすると、今度は喜怒哀楽がとぼしくなったり、心の感度が落ちていくような気がする。双極性障害の病理と、向精神薬の薬理によって、「本来の自分の気分」というものが、すっかりわからなくなってしまった。

私は今、朝晩で6種類・12錠の向精神薬を服用しているが、これだけ飲まないと、マトモに日常生活が送れない。「向精神薬に頼りすぎるのはよくない」と思う反面、断薬や減薬できるかといえば、とても不安だし、むずかしい。

ともあれ、今回はすぐ躁転に気づけてよかった。「躁状態になったかも!」と感じてから、すぐに帰宅して、頓服の安定剤を飲んで、寝た。

翌日、すぐ精神科へ行き、医師へ躁転したことを伝えて、薬の処方を変えてもらった。あとは、安定剤を飲んで眠り、起きてはまた安定剤を飲んで眠りを繰り返して、躁状態が治まるのを待ったら、3日ほどで、だいたいいつも通りに戻った。私が躁状態におちいったときのポリシーは、とにかく「なにもしないこと」だ。

今回は、たまたま運よく躁転に気づけたからよかった。ただ、過去を振り返れば、躁転に気づけたことはほとんどない。そのたびに、自分を傷つけたり、人を傷つけたり、取り返しのつかないことをしてしまっていた。

最近は、自分の気分の波をこまめに記録しているのと、あとはカウンセラーさんから「そろそろ躁の波が来るのでは」と警告されていたこともあって、大事に至らずに済んだ。

あまり聞き慣れないだろうが、「病識」という言葉がある。要するに「自分が病気であることを自覚する」ということなんだけど、病識を持つことは、じつはとてもむずかしい。

たとえば、アルコール依存の人に対して「アルコール依存だから、お酒を飲むのをやめろ」と言ったところで、本人にそう自覚させることは、カンタンなことではない。健康診断で「要通院」という結果が出ても、自覚症状がないために、通院を拒む人はたくさんいる。まあどちらも、かつての私なんだけど。

精神疾患・精神障害にしても、おなじことが言える。うつ病にせよ双極性障害にせよ、つらさを感じていても、なんとかガマンして生活できているうちは、積極的に医療を受けたりすることは少ないと思う。私がはじめて精神科へ行ったのは、身体を壊して倒れたときだったし、今でも通院が面倒だし、服薬にも抵抗があるし、なにより病気・障害を受け入れたくないという気持ちが強い。

まわりの人も、積極的に「あなたは病気かもしれないから、医者へ行きなさい」とは言いにくいだろう。精神疾患や精神障害に起因するトラブルなども、まわりの人たち・親しい人たちの配慮や気配りで、なんとかなってしまうことが多い。そうすると、本人はよけいに病気と向き合わなくなる。余談だが、こういう「優しい人たち」のことを、主に依存症治療の分野において「イネイブラー」と言うらしい。本筋には関係ないので、意味はおのおので調べてください。

双極性障害の診断を受けてから、もうかなり経つが、最近ようやく障害と向き合うことができるようになってきた。なにがきっかけだったか。生活が一度破綻しかけたからである。

昔から、お酒が大好きだった。昨年、障害が原因で会社をやめてから、酒量がものすごく増えた。仕事をしていないにもかかわらず、毎晩のように飲みに行っていた。仕事をしていないから、当然収入はないし、なのにお酒を飲めば、貯金はみるみるうちに減っていく。

起きてから寝るまで、酒びたりの日々が何ヶ月か続き、貯金も目減りしだしてきたころ、妻から「飲酒について話し合いをしよう」という提案をもらった。そして、なぜお酒を飲んでしまうのかを深堀りしていったら、最終的には双極性障害のこと、それに起因する将来への不安、そこから逃げ続けてきた自分の姿が見えてきた。

あのときは、本当にミジメな気持ちだった。自分のせいで、妻につらい思いをさせていた。自分自身を傷つけていた。お金もなくなった。精神はグチャグチャ。生活はメチャクチャ。先行きが見えない。あのときは、自分にとってのドン底、一種の「底つき体験」だったと言ってもいい。

なにもかもが崩れかけて、ようやく自分の障害と向き合うことができた。というよりは、「向き合わなければならない」と思うようになった。それまでの自分は、「双極性障害だけど、なんとかやっていけるだろう」「たしかに酒量は多いけど、もう少し飲んでも平気だろう」「私は大丈夫」くらいにしか物事を考えておらず、問題の核心には触れないようにしていた。

ところが、それが原因で会社をやめることになり、生活が立ち行かなくなった。なのにまだ、自身の障害と向き合えない・向き合おうとしていなかった。それどころか、ヤケになってお酒に逃げ込み、状況を悪化させてしまっていた。

それからは、心身の健康に努め、お酒をやめて、早寝早起きをして、食事をちゃんととって、運動をして、通院・服薬を欠かさず、規律正しい生活を送り、カウンセリングを受け、回復に努めている。

双極性障害については、まだ受け入れきれてはいない。しかし、自分に起こりうる症状については、知らなければならないと思うようになった。また、気分の変調や体調の変化については「そういう障害なのだから、仕方がない」という受け止め方ができるようになりつつある。つまり、10年かけてようやく「病識のある」状態になることができたと思っている。

私の場合、双極性障害とアルコール依存という最悪の組み合わせで大ダメージを食らって、自分の障害について自覚せざるを得なかった。ケガの功名かもしれない。また、身近な人の助けもあり、すんでのところで身を持ち崩さずに済んだ(会社はやめたが)。

だけど、「底つき体験」はつらい。本当につらかったし、悲しいし、ミジメだし、まわりの人をを傷つけるので、もう二度としたくないし、他の人にもしてほしくない。

精神疾患・精神障害の場合、切り傷や骨折のような怪我、あるいは内臓疾患やガンなどのように、目に見える症状・数値がないので、自覚をするのがむずかしい。

今でも、自分のテンションが上がっているとき、多弁になっているとき、過活動になっているときなどは、これが「楽しい感情」なのか「躁状態」なのか、どちらなのか判別ができない。

できないけど、「やっていく」しかないんだ。自分の気分の平均値や中央値がどこにあるのか、今はもうわからないけれど、自分の変調には常に敏感でいたい。少なくとも、人や社会に迷惑をかけることのないように生きていきたい。

先週の躁転、なんの前触れもなく、突然気分が上がったことで、「ああ、私は双極性障害なんだ」ということを、強く認識できた。見た目ではわからない、上手く言葉にできないし、この感覚を健常者の方へ正確に伝えられる自信はないけど、自分にとっては劇的な瞬間で、自分の障害について「こういうことか!」と、身をもって理解できた。

病識を持つのにいちばん早いのは、「底つき体験」だ。本来は、依存症治療で用いられる用語だが、精神疾患・精神障害でもおなじだと思う。病気や障害・疾患のせいで、生活がにっちもさっちもいかなくなって、ドン底まで落ちて、強制的に障害・疾患と向き合わされる。障害・疾患と向き合うことを余儀なくされれば、もう逃れられない。治療するしかない。

だけど、私はあんな体験はもう二度とゴメンだし、おなじ境遇にある方々にも、あんな体験はしてほしくない。もっとソフトに病気や障害と向き合って、受け入れられるといいと思う。

とはいえ、障害をスッ……と自然に受け入れるのも、かなりむずかしい。今まで自然にできていたはずのことが、突然できなくなる感覚。戸惑い、焦り、怒り、悔しさ、歯がゆさなど、いろんな感情が、ない混ぜになって襲ってくる。これらの感覚をすべて飲み込んだ先に、「障害を受け入れた」状態があるのだと思う。

一種「悟り」にようなものなんじゃないかな。病による、理不尽なつらさや苦しみの一切を受け入れた先にある境地。そこへ至るのは、非常に困難に思える。私自身は、そこまでたどり着けそうにない。

私が、私のためにできることはなんだろう。

ひとつは、「自分は双極性障害である」という自覚を持つこと。

ふたつに、規律正しい生活を心がけ、気分と生活を安定させること。

みっつに、自分の気分の変化をモニタリングすること。

最後に、気分が激しく変化した際の、セーフティーバーを用意しておくこと。

この4つくらいだろうか。

なにより大切なのが、ひとつめの「自覚」、つまり「病識を持つこと」だろう。過去を振り返ってみると、躁転を寛解と勘違いして、勝手に通院や服薬を止めてしまったことがあって、そのたびに自分がひどい目にあったり、他者をひどい目にあわせたりしてきた。

双極性「障害」だから、基本的に治ることはないと思わなければならない。長い期間治療を続けた結果、症状が穏やかになる・状態が安定する当事者の方もいるらしいが、自分がそうなるとは限らないし、それを期待してはならない。寛解は、蜘蛛の糸程度の希望でしかない。

病識を持つということは、消極的であれ、自身が双極性障害であることを認め、受け入れるということだ。いや、受け入れるもなにも、診断が下っているから、いまさらどうしようもないのだが。

長年逃げ続けてきたけど、そろそろ受け入れられるときが来たのだろうか。今回の躁転では、あまり慌てなかったというか、「あっ、躁状態が来たな」ということをすんなりと認められたし、スムーズに対応できた。

今回の躁転は、とても鮮明だったから、簡単に気づくことができた。ケアが上手くいったのか、すぐに治まったからよかった。しかし、毎回こんなにわかりやすく躁転して、簡単に治まるわけではない。少しずつ気分が上がっていって、気づいたときには最悪だったこと、過去に何度かあった気がする。そういう時期のこと、自分のしでかしたことを思い出すと、胸が詰まる。

ともあれ、躁状態を自覚できた。そして、躁状態に対処できたことは大きな一歩だし、これからの生活においても、ひとつの指標になるはずだ。今回の対応は、私にとって重要な事例になる、そんな気がする。

あと、なにより「自分が双極性障害であることを、自分で理解している」ということが確認できたのは、大きい。私は私自身のことを「病人」だと、きちんと正しく認識している。病識があることが判明したのは、嬉しいような悲しいような、でも自分にとって悪いことではないと思う。

双極性障害、薬物療法を続けていても、躁状態やうつ状態におちいるときは必ず来る。そういう障害なので。そういうときに、病識をしっかりと持ててさえいれば、適切な対応を取ることができる。最悪のケースを、自力で回避することができる。そんな気がする。

私は、精神疾患・精神障害のことを、基本的に「脳の異常」だと思っている。たとえば、うつ病を「心のカゼ」、双極性障害を「心の糖尿病」なんて表現することもある。でも、「そもそも心ってなんだよ?」と思ってしまい、個人的には好きな表現ではない。ただし、脳の異常が、感情や感覚に影響を及ぼすのは間違いない。

だから、自分の感情や感覚を通して、現在の自分の状態を知ることは、とても大切なことだと思う。たとえば、急に行動的・開放的になったら躁状態を疑う、逆に無力感を覚える・気分が塞いだりしたらうつ状態を疑う。そんな感じで、自分の感情をモニタリングして、それに合わせて対応する。

私は、うつ状態になると、家事や身の回りのことが一切できなくなる。それで、すごい罪悪感に悩まされていたんだけど、あるとき「これはうつ状態のせいだから」と思うようにしたら、気持ちがかなり楽になった。

逆に、気分がアッパーになってきたときは「躁状態かな?」と思うようにしている。うれしさや、楽しさを、素直に目いっぱい享受できない。これはこれでキツいのだが、マジで躁転して取り返しのつかないことになるよりは、全然いい。

今回の対応が上手くいったのがうれしいのと、まだ若干の躁っぽさを感じるのとで、長々と書いてしまったが、精神疾患・障害になったときの治療の第一歩は「病識を持つ」ところから始まると思う。脳の異常、目に見えない病気や障害だから、適切に対処するのはむずかしい。私も、何度も何度も何度も失敗を繰り返して、最近やっと少し落ち着いて対処できるようになった。しかし、やはりいまだに、双極性障害に振り回されている。

むずかしいんだけど、病識を持たないと、先へ進めないと思う。治療を始める前提となるのはもちろんだけど、治療を続けていくうちに小康状態になって、なんとなく「もう大丈夫だろう」「もう治った気がする」などと考えて、通院や投薬を止めてしまう人もいる。私は、そうだった。

精神疾患・障害は、治療にとても長い期間を要する。ある疾患は年単位で、ある障害は10年単位で、あるいは一生付き合わなければならない場合もある。長い期間を、疾患や障害とともに過ごすために「自分は病人である」という自覚、病識を持っておくことは大切だと思う。さっき「自分のためにできること」を4つ書いたが、ひとつめ、病識が欠けていると、残る3つは機能しない。

自分で自分を病人だと認めること、かなりキツい。双極性障害は、私の弱点・欠点だけど、それを自分で認めるのは悔しい。今でも「治らないかなあ、治したいなあ」と思っている。できれば、寝て起きたら、消えていてほしい。

ただ、認めなければならないということを、先日の躁転ではっきりと突きつけられた。私の頭は、具合が悪い。まるで電灯をオン/オフするように気分が変わる。また、今までしでかしてきたことを振り返ったら、自分は双極性障害なんだということを、ようやくちゃんと自覚した。

別で発達障害の診断も受けていて、これに関しても自覚的にいろいろ対策ができている。私の生活、会社をやめたり、アル中になりかけたり、うつでひきこもったりと散々だったが、精神障害に関することについては、ここ半年ほどは上手くいっている気がする。

当然だが、双極性障害や発達障害を、完全に受け入れたわけではない。知らない子供どもたちが、いきなり自宅へ押しかけてきて、そのままずっと居座られているような状態である。知らない子どもたちなので、家族のように接するわけでもなく、できれば早く立ち去ってほしい。

ただ、存在を認めることはできる。私の精神に押しかけてきた子どもたちは、とても食いしん坊で、お腹が空くと泣き出すから、毎日ちゃんと食事を与えてやらないといけない。それと、ときどき乱暴になったり、イタズラしたりするので、そのときはあやして、寝かしつけてあげないといけない。

実際は、子どものようにかわいくない。全然かわいくないんだけど。ただ、無視していると、私という家のなかがぐちゃぐちゃに荒らされて、窓も割られて、屋根を剥がされて、壁を破られて、隣の家にまで迷惑をかけて、みたいな状態になるので、相手せざるを得ない。

まずは精神のなかの「子どもたち(と書くとソフト過ぎるが)」の存在を認め、どういうときに機嫌を損ねるか、どういうイタズラを仕掛けてくるか、どうすれば大人しくさせられるかを知ることが、治療の第一歩だと思う。

さっきも書いたけど、病識を持たず、適切な治療もせずに過ごす先にあるのは、ドン底、「底つき体験」だ。私はバカだから、そこを経ないと、自分の障害について正しい理解を持てなかったし、障害と向き合うこともできなかった。底つき体験、疾患や障害が原因で、なにもかも失ってしまい、否応なく疾患・障害と向き合わなければならない体験、本当にキツい。

「自分が病人であることを自分で認めること」「病識を持つこと」は、つらいし、苦しいし、ミジメだし、カッコ悪いし、恥ずかしいし、イヤなことかもしれない。ただ、病識から目を背けたまま、状況が好転することは、まずない。イヤイヤでいいから、自身が病気であることを認めること、病識を持つこと。救いの道は、そこしかない。病識を持って、治療にあたろう。病識を持って、生活をしよう。

タイトルとURLをコピーしました