眠りと希死念慮

02.メンタルヘルスのこと
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最近、眠ることをやめられない。毎晩0時には就寝。起床するのは朝の8時。きわめて規則正しい生活を送っている。

毎朝出勤する妻を送り出してから、どうしても起きていられない。やるべきこと・やりたいことはたくさんある。家事をしなくちゃいけない。ブログの記事を書きたい。本を読みたい。映画を観たい。なのに寝てしまう。

最近、一日の半分以上は眠っている。多いときは、1日20時間近く眠っている。もちろん、人間そんなに長くは眠れない。大半の時間はまどろんでいるだけだけど、眠りと夢が心地よすぎて、身体がまったく動かせない。

私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っている。双極性障害の症状に「過眠(眠りすぎてしまうこと)」がある。なので、眠りすぎてしまうのはよくあることなんだけど……今回の眠りすぎは、それとは少し違う気がする。

起きようと思えば起きられる。ただ、どうしても起きたくない。まどろんでいる最中は、ずっと夢を見ている。冒険譚や、ファンタジー、最近読んだ本のことや、生活の延長など、いろんな夢を見る。

夢が楽しい。夢のなかには、無限の世界が広がっている。夢のなかでは、楽しいことばかりが起きる。とても心地がいい。目覚めたくない。いま調べたら、こういう「夢から目覚めたくない」という気持ちも「希死念慮(「死にたい」という観念)」のひとつらしい。

希死念慮については、ちょっと前にもさんざん苦しめられてきた。ちょっと前は、明確に「死にたい!」と思っていて、必死でそれをこらえていた。最近は「死にたい!」と思うことはないものの、生きることへの執着が薄くなってきた気がする。

毎日とくになにもないから、毎日が楽しくない。朝起きて、食事して、お風呂に入って、眠る。それを繰り返す毎日。ただ生きているだけ。「果たして生きていると言えるのか?」「生きている意味があるのだろうか?」と考えてしまう。

「死にたい」ではなく「生きていたくない」。今の生活を繰り返していくことに意味が感じられない。最近の体調は悪くない。いまは療養中だけど、正直に言えばすぐにでも社会復帰したい。ただ、就活をしようにも、社会の状況が悪い。「今は様子を見よう」と思いつつ、いつまで様子を見たらいいのかわからない。

焦りがある。自分の力ではどうにもならないことが多い。いまは静観するしかないことも、ある程度はわかっている。しかし焦る。静観しているあいだにも、時間は経っていくし、少しづつだが状況は悪くなっていく。

こういう焦りが、心を逃避に、眠りと夢に向かわせているのかもしれない。現実を直視するのがつらい。現実を見たくない。だから、眠りと夢のなかへ逃げ込む。結局は「生きていたくない」ということなんだろう。

自殺は、したくない。自殺はしないと決めている。死にたくもない。ただ、この「生きていたくなさ」はどうしたらいいのかと、毎日考えあぐねている。毎日を、意味あるものにできればいい。仕事でなくても、趣味や家事に生きがいを見いだせられればいい。だけど、あまり上手くいってない。

眠りながら夢を見ているときが、いちばん幸せ。この状況をなんとかしたい。現実に楽しみを見つけたい。私は生身の人間だ。どうあがいても、夢のなかでは生きられない。現実で生きていくしかないのだから、それを受け入れたい。

しかし、眠りと夢の心地よさには抗えない。ずっと眠っていたい。ずっと楽しい夢のなかで生きていたい。現実にはなにもないが、夢のなかにはなにもかもがある。現実にも、なにかがほしい。

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