カミングアウトすること

03.精神障害のこと
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私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っている。2010年に罹患して、もう10年が経つ。しかし、自身が双極性障害であることは、ほとんどカミングアウトしていない。

Twitterやブログなどのインターネット上では、自身が双極性障害であることを、ハッキリとカミングアウトしている。しかし、インターネット上では「あまなつ通り商店会」というスクリーンネームを使っているし、私が「あまなつ通り商店会」であることを知っている人は、ほとんどいない。

親しい人たちにも、ほとんどカミングアウトしていない。理由はみっつある。

ひとつ、カミングアウトするメリットがないこと。

たとえばあなたが友人から「じつは私、双極性障害を持っていて」と言われたら、どうだろう。率直に言うが、私なら「めんどくせ!」と思う。

精神障害、たくさんの種類があるし、一般に馴染みのない障害もたくさんある。私も、自分が双極性障害になるまで、「双極性障害」という精神障害のことを知らなかった。

「障害を持っている」とカミングアウトされたら、多分いろいろ考えると思う。どんな障害なのか、どんな症状があるのか、どういう配慮が必要か、これからどう付き合っていけばいいか……そして、「めんどくせ!」と思い、なんとなく距離を置きたくなるのではないか。

精神障害に対する理解も、あまりないように思える。「私は双極性障害です」とカミングアウトされたところで、大多数の人は「なにそれ?」以外の感想は出てこないのではないだろうか。そして「めんどくせ!」と思うのではないか。

双極性障害の当事者としても、双極性障害のことを言葉で的確に説明しろと言われても、かなりむずかしい。上手くカミングアウトする自信はない。カミングアウトによって理解を得るのは、ムリがある。

だったら、はじめからカミングアウトしないほうがいい。

カミングアウトすることによって、ポジティブな効果は望めない、カミングアウトするメリットがないどころか、ネガティブな反応を引き起こすおそれがある、デメリットが大きい。だから、親しい人に対しても、カミングアウトはしていない。

ふたつ、カミングアウトすることが面倒くさい。

双極性障害をカミングアウトすると、興味を持ってくれる人・話を聞いてくれる人というのも、一定数いる。そういう人に対しては、「双極性障害とはね、こういう障害でね」という話をする。

ただ、双極性障害の話をしたとして、理解を得られるとは限らない。たとえば「気分のアップダウンが非常に激しい」という話をしたとして「そういうことは誰にでもある」で済まされることも多い。そういうときには「時間のムダだったなァ」と、徒労感でいっぱいになる。

カミングアウトしたことで、人間関係がこじれることもある。信頼していたAさんにカミングアウトしたら、親しくないBさんにアウティングされて……みたいなことが、過去にあったので、軽々しくカミングアウトできない。

カミングアウトしたとして、あまり配慮されるのも、困る。私としては、今まで通り、普通に接してほしいのが、カミングアウトを境に、接し方が変わってしまうこともある。

カミングアウト、いろんな意味で面倒くさい。カミングアウトは、変化のきっかけになる。それがいい変化になればいいが、だいたいの場合、悪いとまでは言わなくても、望ましくない変化をもたらす。なので、カミングアウトはしない。

みっつ、カミングアウトするデメリットが大きすぎる。

一般的な話だけど、精神障害というのは、あまり望ましいものではない。とくに就職などの場においては、でっかいバッテンをつけられる。先月から、障害をオープンにして就職活動をしているが、成果はまったくなく、ハードルの高さを感じている。

以前勤めていた会社でも、採用面接で「精神疾患などはないか?」と聞かれた(元気に「ないです!」と答えた)。それくらい、精神障害は生きるうえでのハードルになる。

さいわい、双極性障害は目に見えない。隠そうと思えば、いくらでも隠せる。双極性障害の場合、寛解期(症状のない時期)もあるので、その間ならいくらでも自分をとりつくろえる。

よって、カミングアウトはする必要がない。カミングアウトすると、就職できなくなる。カミングアウトしなければ、問題なく就職できる。

かといって、双極性障害であることを隠しているのは、とてもしんどい。双極性障害からは逃れられない、常に連れ添っている状態である。しかし、人と接するときは、双極性障害の部分だけをキレイに隠さなければならない。

双極性障害の寛解期は、いつまでも続くわけではない。寛解期が過ぎれば、また躁状態、あるいはうつ状態になる。そうなると、またマトモな社会生活を送るのは、むずかしくなる。

インターネット経由で出会った友人たちは、みんな私が双極性障害であることを知っている。知ったうえで、気兼ねなく付き合ってくれているから、とても気楽で、心安い。すべての人たちと、このように付き合えられたらなァと思う。

精神障害、現在はまさに「スティグマ」だと思う。私は「双極性障害である」という事実、単なる事実だけで、いくらかの不利益をこうむっている。

もちろん、実害はある。躁状態になれば、アッパーな気分になって、いろいろやらかす。うつ状態になれば、ダウナーな気分になって、マトモに生活できなくなる。

ただ、そういう実害をこうむるのは私自身であって、他の人たちにとっては、ほとんど関係がないはずだ。なのに「双極性障害である」という事実をカミングアウトすると、アレな扱いを受ける。残念。

自身の障害、双極性障害について、理解を得たい・理解を得ようとは思わない。双極性障害に限らず、障害のことを理解するのは、とてもむずかしい。ましてや、この世のすべての障害について理解するのは、ムリがある。

配慮してほしいとも思わない。「合理的配慮」とかも要らない。私がダメになってるときは、ハッキリ「ダメ」と言ってもらえるほうが、ありがたい。ダメだとわかるので。

ただ、カミングアウトに対して、無関心でいてほしい。私が双極性障害であることをカミングアウトしても、「へー」「そうなんだ」くらいで受け入れてほしい。

黙っていること・隠していることが、とにかくキツい。打ち明けたい。カミングアウトしたい。ただ、みんなからどう思われるかが怖くて、カミングアウトできない。

精神障害について、無関心な社会になるといいと思う。「無関心」は、ちょっと違うかもしれないけど。いい意味でも、悪い意味でも、精神障害に関心を持たれすぎない、とくになにも思われないような社会になるといい。

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