身だしなみのこと

04.じんせいのこと
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私は、身だしなみに無頓着である。服装はいい加減。10年近く前に買って、すっかり色落ちしきったジーンズを、まだはいている。Tシャツは、首元の生地がボロボロになっても、まだ着ている。見た目は悪いが、機能的には過不足ないし、なによりもったいないので。

ヒゲも、少し前まで伸ばしていた。というより、ほったらかしていた。剃るのが面倒だし、手入れしだしたらキリがない。勝手に生えてくるのには腹が立つが、止められないのだから仕方ない。それで、放置していた。

服、高いと思う。いや、1着単位で見たら、大した出費ではない。最近は、たとえばシャツなら新品でも、1枚数千円で買える、まあ安い。ただ、社会生活を営んでいく以上、毎日服を着なければならない。さらに言い添えれば、毎日違う服を着るのが望ましい。そうすると、それなりの着数が必要になり、途端に出費がかさむ。

着回しも、考えなければならない。このシャツには、このパンツとか。色柄に、季節感を意識したり。シーンに合わせたコーディネートとか。そうすると、買い物が途方もなく面倒くさくなる。

なので、服を買うときは、無難な服しか買わない。どんな色にも合いそうなシャツ、どこへでもはいていけそうなパンツ、無地のTシャツなど。衣替えもしたくないので、できるだけ長い期間着られそうな服を買う。可能なら、オールシーズンおなじ服装をしていたい。「日本には四季があります」そうだね、ステキだよ、ふざけんな。

ともあれ、先に述べたように、社会生活を営む以上、毎日服を着なければならない。全裸で外を歩いたことはないが、多分やったら逮捕される。さらに厄介なことに、TPOというものもある。Time、Place、Occasion、時と場所と場合。それぞれに、ふさわしい格好をしろってことだ。

以前、友人の結婚式に呼ばれたときのこと。招待状には「平服でお越しください」と書いてあったが、当時の私は若く、「平服」の意味を知らなかった。調べもしなかった。仕方なく、短パンとサンダル、ジャケットだけ羽織って行った。そうしたら、同行した別の友人から、大目玉をくらった。そういうことだ。

私は、今仕事をしていない。前の会社をやめてから、もう一年以上経つ。

昨年秋に会社をやめた直後は、まだよかった。社会人としてのカンというか、良識みたいなものが残っていた。人と会う前には、ちゃんとヒゲを剃る。髪を整える。まっとうな服装で外出する。そんなことが、まだちゃんとできていた。えらい。

しばらくして、禁酒を始めたのと、強烈なうつ症状で寝込むようになった。このころは、ダメだった。ヒゲはまったく剃っていないので、無精ヒゲが伸び放題だった。服装を考えるのが面倒で、だいたいどこへ行くにも、着古したスウェットだった。どれだけ好意的に言っても、洒落っ気のないヒッピーみたいな身なりをしていた。

ここ最近、数ヶ月ほど前のことだが、あるできごとがきっかけで、さすがにこのままはダメだと気づかされた。ある日の買い物帰り、おなじマンションの住人の女性と、共用廊下ですれ違うことがあった。マナーとして「こんにちは」と声を掛ける。目が合う。すると、その住人は私のことを露骨に避けて、ささやくような声で「こんにちは」と言って、小走りで立ち去ってしまった。

家に帰り、「はて?」と思い、鏡で自分の姿を見てみた。そして、あらためて「なるほどね」と思った。ボサボサで、傷んだ長髪。荒れた肌。伸び放題のヒゲ。首元が緩んだTシャツ。ボロボロの短パン。上から下まで、まるで不審者だ。これじゃあ、避けられても仕方はない。

いや、人を見た目で判断するのは、よくない。絶対によくない。正直に言えば、露骨に避けられたことについて、私は怒っているし、傷ついている。

しかしながら、女性側が感じたであろう恐怖や怯えについても、私は思いを至らせなければならないのではないか。人を見た目で判断するのは、重ねてよくない。しかし、自分の見た目が他人に与える印象について、多少は考えなければならないのではなかろうか。

私のマンションの敷地は、結構広い。敷地内に公園とかもあるんだけど、わりと自由に出入りできる雰囲気があって、たまに近所の子供が共用の公園で遊んでいたりする。そんなところに、こんな治安の悪い見た目の中年男が、平日昼間からうろついていてはダメだろう。たとえば、地元・岐阜県のように、お互い顔を見知った田舎のなかでならともかく、人の流動性の高い都心では、絶対にダメだ。

ひどい言い方をすれば、俺は歩くNIMBYじゃないか。それで、心を入れ替えた。こういうことは、自分自身では気づきにくい。だいたい他者が教えて、気づかせてくれる。

とりあえず、毎日ヒゲを剃るようにした。少ししか伸びていなくても、毎日剃る。これだけで、だいぶん印象が変わるということに、遅まきながら気がついた。スウェットで敷地内をうろつくのも、やめた。いかにも「引きこもり」って感じで印象が悪い。

髪も、ちゃんとまとめるようにした。さすがに、毎日スタイリングはしない。相変わらず面倒すぎてできない。しかし、外出するときは、簡単だけど括っていく。乱れたままにしない。

服装にも、気を使うようになった。近所へ買い物に出かけるにしても、ヨレヨレのスウェットのまま出かけない。ジーンズにパーカーとかでいいから、ちゃんと外出用の服装に着替えてから出かける。程度の低い話で、まことに恐縮なのだが、私はこういうレベルで生きている。

うつ状態のときなどは、カンタンな身支度も、本当につらいが、やると決めたらやる。身支度をして外に出るようになったら、近所の人も、ふたたび笑顔で挨拶を返してくれるようになった。「近所の人が、私を避ける」その原因がどこにあったのか、検証はしていないが、私に因るところも、多分にあったと思う。

以前は「仕事をしていなくて誰にも会わないから、身だしなみには無頓着でいい」と思っていた。いや、今でもたまにふざけた格好でノコノコ出かけたりしてしまうのだが……以前と違うのは、「仕事をしていないからこそ、身だしなみに気を配らなければならない」と思うようになったこと。

たとえば、社会的バックボーンのある人、定期的に働いているような人なら、多少ふざけた格好をしていたっていい。「あの人は、ああ見えて〇〇だから」「プライベートはハズしてるんですね」みたいに、会った人が勝手にプラス補正してくれる。いいよなあ。

じゃあ無職が、ふざけた格好をしていたら? そのまま受け取られて、そのまま評価される。服装も生き方も、両方ふざけてるんですね。そう思われて終わりじゃないのか。

逆に、無職が折り目正しい格好をしていたら、それはそれでウケる。あるいは「無職なのに、やるじゃん」と、プラスの評価を得られるかもしれない。あくまで私の勝手な想像、希望的観測だが。

30歳を過ぎて、体感ではボチボチ中年に差しかかってきている気がする。20代のときにあった、ハツラツとした生気はおとろえている気がするし、それがきっと、顔にも出てきている。これを「醜い」とは思わない。人間こういうものなのだろう、結構ひなびてきたな、すがれてきたな、みたいなことを考える。歳を経るにつれて、外見にも、侘び寂びが出てくる。私のまわりの壮年の方々は、みんな侘び寂びがあり、それがとても心地よく感じる。

しかしながら、私がこのままひなびていくと、10年後、40歳を過ぎるころには、すっかりひなびきっていそうなおそれがある。侘び寂びを通り越して「すたれ」に入ってしまいそうな、そんな危機感がある。それは、ちょっとイヤだ。たとえ生物として下降する局面に入っているとしても、できるだけ下降速度を落としたい。この速度で加齢し続けるのは、マズい。

そうすると、身体にも相応のケアをしていかなければならないんだろうな。たとえばジムに行くのもそうだし、スキンケアとか、サプリメントを飲むとか、そういうことをやっていかないといけないんだろう。

ちなみに私は乾燥肌なので、妻から「秋冬は、顔のスキンケアをしろ」としつこく言われているが、顔に液体をつけるのがとても苦手なので、全然やってなかった。でも、「苦手」で逃げてちゃいけない歳なんだろう。一昨日くらいから顔面に乳液を塗っている。やってみたら、とてもよかった。

あいかわらず身だしなみには無頓着で、ともすればサボる。スキを見てサボる。他人からキツめに言われなければなにもしない。しかし、最近は「他人から見た自分」について、少しだけ考えるようになった。30代、無職、(厚生労働省が定めるところの)ひきこもりと、わりとどうしようもない属性なのだが、それでも見た目くらいはちゃんとしていたい。というか、ちゃんとしなければならないと思う。

他人からどう見られるか、あまり考えたくはないし、忖度したくもないが、少なくとも不快感や、恐怖は与えないようにしたい。それに、私はやはり、歳相応に見られたい。そのためにやるべきこと、歳相応に増えてきたが、やっていきたいと思うようになった。

これからもしばらくは「30代、無職のひきこもり」でいたい。今の自分の属性、「よくないな」と思う反面、それなりの生きやすさは感じているので、できるだけ変えたくない。

ただ、他人からは「30代の成人」として見られたい。自分の実像を歪めるような行為で、非常に心苦しいけど……身だしなみを整えることは、私のそんなわがまま、卑劣な企み、さもしい望みを叶えてくれそうな気がする。

身だしなみを整えることは、外見を取り繕うことにほかならないのかもしれないだろうが……私は私のありのままの姿(歩くNIMBYです)を見せるのは、もうやめにしようと思う。地域に根ざす、よき無職としてあろう、そんなことを思った。

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