選ばれない

04.じんせいのこと
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一昨日、「cakesコンテスト2020」の発表があった。19時~Twitterライブ配信での発表。

「cakesコンテスト」とは、noteという配信サイトから応募できる、コンテンツのコンテスト。文章(エッセイ・小説)に限らず、マンガなども応募できる。

入選・優秀賞以上に入ると、cakesというプラットフォームで連載する権利を得られる。今回、2020への応募作は6000超。最終審査に残ったのは128作品。この128作品のなかから、連載作が選ばれる。そして、私が書いた記事「私と妻と双極性障害」も、最終審査に残ってしまっていた。

というわけで、結果発表の配信を、かじりつくように見ていた。はじめに、入選作13作品が発表された。ここに名前があれば、cakesでの連載権を得られる。私の名前は、なかった。次に、佳作37作品が発表された。ここにも、私の名前はなかった。

最後に、優秀賞7作品が発表された。受賞者が発表され、ビデオや通話などで、受賞者のコメントが出されていく。私の名前が呼ばれることは、なかった。

悔しかった。優秀賞・入選・佳作を合計すると、57作品。57/128の確率で、なにかしら名前が呼ばれるのに、そこに入れなかったことが悔しかった。コンテストに応募した、そしてたまたま最終審査に残ってしまったばかりに、余計な挫折感を味わうことになった。

この感覚、むかし、好きだった子にフラれたときの感覚に似ている。なんとなく仲良くなって、デートとかもして、家を行き来したりなんかもしてて、好きになって。それで告白したら、ダメだったときの感覚。ダメならダメで、変に気を持たせるのはやめてほしいですね。

cakesコンテスト2020も、はじめは「入賞したい」だなんて、思ってもいなかった。以前からずっとnoteを書いていて、たまたまコンテストがやっていたので、なんとなく応募をしてみた。それくらいのノリだった。

ただ、最終審査に残ってしまったことで、いらん欲が出てきてしまった。128/6000に入ったことで、「もしかしたら?」という、さもしい希望を抱いてしまった。

ていねいに「最終審査に残りました!」とご連絡をくださったnote社が憎い。連絡をもらうまでは、応募していたことすら、すっかり忘れていたのに。

「選ばれない」こと、本当につらい。なにがつらいって、まず単純に選ばれなかったことが、つらい。cakesコンテスト、受賞したかったし、あの子とも付き合いたかった。自分の欲望が叶わないことが、つらい。

さらに、私のかわりに、他の誰かが幸せになってることがつらい。cakesコンテスト、私以外の人が受賞しているし、あの子も誰かと付き合っている。誰かの願いが叶うころ、私は泣いてるよ。

自分の競争相手の幸せを願う、自分の競争相手を祝福できるほど、人間ができていない。やるからには勝ちたい、負けたくない。ついつい、そう思ってしまう。

「選ばれたい」と思うから、選ばれないのがつらい。「選ばれたい」と思わせるヤツらが、憎い! 世の中のコンクールやコンテスト、ぜんぶ滅んでくれ!

ただ、「選ばれる」喜びを知っているから、「選ばれたい」をやめられない。大学受験に合格したときの感動、内定をもらったときの感動など。選ばれることは、気持ちいい。

いい加減、「選ばれたい」から解脱したい。人から選ばれなくても、いいんだよ。私は私だよ、そう言えるようになりたい。もう余計な期待はしたくないし、余計な落胆はしたくない。

とはいいつつ、現実には「セレクションの報酬系」から抜け出せないんだろうな。選ばれることは気持ちがいいし、選ばれることで得られるものも大きい。こうしてきっと、cakesコンテスト2021にも挑戦してしまうのだろう。また来年!

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