文章組手第18回「仕事」

10.文章組手
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「仕事したくないなあ」「働きたくないなあ」

一昨年の秋、勤めていた会社をやめて以来、ずっとそう思っている。

なんのために働かなきゃいけないのか。みなさんは、なんのために働いていますか?

いや、私だってバカじゃない。私は国公立大卒だぞ。「なんのために働くのか?」と問われれば、すぐにいくつかの答えがでてくる。ただ、どの答えにも、イマイチ納得がいかない。

たとえば「お金のため」というのがある。わかる。働かざるもの、食うべからずと言う。ただ、私は死ぬほど働きたくない。「働くくらいなら、死んだほうがマシ」くらいの気持ちも、なくはない。

去年も、無職ながら、税金や年金、保険料の支払いに四苦八苦していた。「生きているだけなのに金がかかる……」「日本国と東京都に殺される!」そんなことを考えながら、真っ赤な封筒をゴミ箱へ突っ込んでいた。

税金、いたしかたないことだけど、本当にひどい仕組みだと思う。会社員時代は、毎月の給与から税金を天引きされていたので、その存在をあまり意識をせずにすんでいた。しかし、会社をやめたとたん、バカみたいな金額の請求書が、封書で送りつけられてくる。そこで、税金の存在を、まざまざと知らされることになる。本当に勘弁してほしい。いや、納税は国民の義務だし、仕方ないのだけど。

ただ、最低限これを払わないと、生存が確保できない。私にとっての、生存のボーダーライン、それが各種税金・年金・保険料。なんか、うしろむきなモチベーションだね……「納税のために仕事をするんだ!」という気には、あまりならないし……。

他にも、たとえば「自分のため」というのがある。「仕事は志事」と言います。仕事で自己実現、皮肉ではなく、素直にすばらしいことだと思う。

ところがどっこい、今の私には「志(こころざし)」がない! なにもない! こころざしがないのに、志事はできない!

大学生のころ、就職活動をしているときに、「Want, Can, Mustの3つを満たした仕事をしろ」と言われたことがある。私は親切だから、英語がわからない方のために説明するね。ようするに「やりたいこと(Want)」「できること(Can)」「すべきこと(Must)」を満たした仕事をせよ、という意味らしい。

これも、皮肉でなく素直に、すばらしい考え方だと思う。自分の能力と、社会の需要が一致した状態とでも言おうか。そうなれたら、きっと生きてて楽しいだろうなと思う。

「Want」これは、なくはない。「こころざし」というほどではないけど、「これ、やってみたいな」ということは、いくつかある。「Must」も、いますこしある。これは、なんとしてもやらなければならない。ただ「Can」が少ない。

私は、双極性障害という精神障害を持っている。双極性障害、ざっくり言うと、気分の浮き沈みがメチャクチャに激しい。双極性障害の症状のせいで、毎日ふつうに生活するのもむずかしい。

去年は、発達障害の診断も出てしまった。発達障害、いろんな特徴があるけど、私の場合は感覚過敏がひどい。最近は、外出するのが苦痛でしかたない。人混みに行くと、まるで地獄に落とされたような気持ちになる。

あと、たんに今まで積み上げてきたものがすくなくて、純粋に能力に欠けているというのもある。

そういうわけで、「Can」がとにかく少ない。自虐でもなんでもなく、できることが少ない。大学まで出させてもらっておいて、なんだこのていたらくは……しかし、こうなってしまったものは仕方がない。

新卒で社会に出てから、ずっと営業職をやらせてもらっていた。なので、営業という職種においては、人並み程度に務められる自信があった。でも、双極性障害のせいで、営業職はかなり怪しくなっている。

精神障害になる前、バリバリ仕事していたころを思い出しては、「あのころはよかったな」「あのときこうしておけばよかった」と考えることが、今でも頻繁にある。そんなことを考えても仕方ないけど、考えざるをえない。

話は変わる。私の父は、高校を卒業すると同時に、地元の会社へ就職した。何年か前に定年するまで、40余年、ずっとおなじ会社で勤め上げた。そのあいだ、母と結婚したり、私や弟が生まれたり、転勤して引越したり、家を建てたり、私や弟が進学したり、祖母が認知症になったりと、いろんなことがあった。しかし、父は泣き言を一切漏らさず、働きつづけていた。

最近になってのことだが、父と、父を側で支えつづけた母のことを、本当に心の底から尊敬するようになってきた。尊敬どころではない、「とんでもねえことをしてんな」と思う。畏怖というか、恐怖すら感じる。

実家の客間には、父が会社からもらった永年勤続の賞状が、額装されて飾られている。10年、20年、40年。雨の日も、風の日も、一日たりとも休むことなく働き続ける。以前は「そんなことして、バカじゃないのか……」と思っていたが、今は心から偉大なことだと思う。

また、私は父の頑張りの上に生きているのだ、父からたくさんのものを受け継いでいるのだと思うと、神妙な気持ちになる。「もっとちゃんとしないとな」と思う。

働く理由のひとつ「家族のため」。最近、これの大切さについて、すごくよく考えている。2年前に妻と結婚して、家庭を持った。当時の月給は安定していたが、安定していたがせいか、それほど家庭のことをかえりみることはなかった。

一昨年に会社をやめてからしばらくは、自分の体調管理のことで手一杯で、家庭に目を向ける余裕がなかった。ここ半年くらいで、ようやく体調が落ち着いてきて、妻と話す時間も増えた。なにより、生活が不安定になってくれたおかげで、「自分の暮らし」だけでなく「自分と妻の暮らし」、つまり家庭について、真剣に考える必要が出てきた。

今の私は仕事をしていないので、なにを言っても説得力はないのだが、これから先、妻を経済的に困窮させるようなことはしたくない。私の妻なら、私が本当にお金に困っていたら、なんとかしてくれるかもしれない。ただ、妻にはそういう苦労をかけたくない。

もう一歩踏み込んで言えば、妻に楽をさせてあげたい。妻が好きなことだけしていられるような、そんな環境を作りたい。まあたぶん、そんな甲斐性はないのだけど。

私がソコソコのお給料をもらっていたころ、妻から「家庭のなかに、経済格差がある」という不満を言われたことがある。ウチは、結婚当初から財布が別々だった。当時は「私がもらったお金をなにに使おうと、私の勝手だろう」と考えて、毎晩飲み歩いていた。しかし思い返せば、もっと家庭のために、お金を使うべきだった。当時の自分の姿や態度を思い返すと、今でもやりきれない、みっともない気持ちになる。

そういうわけで、またソコソコ稼げるようになりたい。ソコソコ稼げるようになって、今度はちゃんと家庭のため、妻のためにお金を使いたい。じゃあ、どうやってソコソコ稼ぐのか。投資にまわすお金は持ってないし、起業のアイデアもないのだから、ひたすら仕事をするしかない。

父はずっとサラリーマン、母はずっと兼業主婦。ふたりとも、もう還暦を迎えた。長い人生のなかで、たくさんの苦渋を味わったと思う。私や弟の学資だってタダじゃないし、習いごとにも行かせてくれていたし、スポーツもさせてもらった。私たちのために、父と母は、自分たちがほしいものをあきらめながら生きてきたんだろう。

小学生のころ、化粧品を買っていた母(30代後半くらい)にむかって「いい歳して化粧して、なんの意味があるのか」と言って、激怒されたことがある。母にとっては、きっと大切な化粧品だったのだろう。本当に、心ない言葉を吐いてしまった。

私や弟が、大学を卒業するころ。父が「新車には乗れなかったなあ」と呟いた。父は車が好きだったが、ずっと中古車に乗っていた。それはきっと、私や弟のためにそうしてきたのだろう。

もう間に合わないかもしれないけど、私は、父や母のように生きたい。自分のためだけでなく、だれかのため、なにかのために生きたい。自分の幸福だけではなく、親しい誰かの幸福のために生きていきたい。父や母、そのほかの人々から与えられたものを、あとの世代に与えていきたい。現代ではダサいかもしれないけど、私にとっては、最高にカッコいい生き方。

まあ、もう身体を壊してしまったし、キャリアも壊れてしまっているので、これからどうしていきましょうね。人に与えるまえに、まずは自分がちゃんとしなさいという感じだけど。でも、まだなんとか、やりようはあるはずだ。あきらめずに、道を探していくしかない。

話は戻る。さっき「できることが少ない」と言ったが、もうそんなことを言ってる場合ではないのだ。そもそも、人生長いこと生きていけばいくほど、本人の可能性、「Can」の部分は減っていくだろう。たんに「精神障害があるから」できることが少ないわけではない。歳をとったから。今までの生き方の結果。様々な要因によって、できることが少なくなっている面も大きいし、それを嘆いても仕方がない。

あwバカにしてほしいんだけど、高校生のころは建築士になりたかった。今でも、建築士の仕事に、強い憧れがある。私の「Want」のひとつが、建築士。じゃあ、今から建築士を目指すか? と言えば、これはどう考えてもムリ、「Can’t」だろう。今から大学へ通うお金はないし、そもそも試験を突破できる気もしないし。

私にできること。言葉通り、今やれることを、やるしかない。双極性障害で発達障害、おまけに無職の中年と、ダメ人生ハネ満くらいの勢いはある。しかし、やれることをやるしかない。

幸か不幸か、家庭をもってしまったのだ。もう後には退けない。自分ひとりだったら、路上で泥水をすすることもやぶさかではない。しかし、今は妻も一緒なのだ。妻には、そんな目にあってほしくないし、あわせてはならない。私にとって妻は「Want」と「Must」で、あとはなんとかして「Can」しなければならない。

「Can」は少ないが、ラッキーなことに今は「Must」と「Want」がある。既婚の無職・精神障害者、見方によっては絶望的な状況かもしれない。でも今は、わりと楽観的になっているというか、「なんとかなるんじゃないかな」「なんとかしないとな」と思っている。楽観的になる材料、なにもないのだが……悲観的になっても仕方がないし、まあやっていくしかない、やっていきましょうという感じ。

話がズレた。つまり、いまの私の「Want」「Must」「Can」が、まさに「仕事」で、心底イヤなんだけど、やるしかない。なぜなら、他の生き方を知らない、他に生き方がないので。

過去の記事にも書いたけど、今は前の会社からのおこぼれで生きている。当然、死ぬまで面倒をみてもらえるわけではない。ボチボチ縁も切れそうなので、無職生活も、いよいよ終わりが近づいている。

この歳になると、学歴はもう無意味だ。職歴はズタボロ。スキルも、資格も、ない。ムダに歳ばっかとっちゃって、まあ……なんて、暗い気持ちになっちゃうけど、それでもなんとかしたい。できればちゃんとしたいと思う。

生きていく術、仕事に頼るのは本当にしゃくというか、頭にくる。「働きたくねえ!」という思いが、まだまだ強い。ただ、残念なことに、私は他の生き方を知らない。それに今は「仕事もバカにしたもんじゃないな」「勤労バンザイ!」とも思っている。「仕事」の素晴らしさ・尊さは、仕事をしていないあいだに出会ったたくさんの人たち、そして最後は父と母が、私に教えてくれた。

というわけで、今年の初夏をメドに、なんらかの仕事をはじめます。また就職するか、それとも別のかたちになるかはまだわからない。ただ、なにか生計を立てる方法を見つけて、生活の足場をしっかりさせたい。まずは自分と妻の生活を、余裕があれば、いままでにいただいたご恩をペイ・フォワードしていけるようになっていたいですね。今年の初夏ですよ。応援よろしくお願いいたします。

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