文章組手第29回「差別」

10.文章組手
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この街に引っ越してきてから、もう3年経つ。この3年間、ずっと「ある差別」を受け続けている。

近所に、小さな喫茶店がある。まだ若いマスターが切り盛りする、個人経営の小さな喫茶店。水出しのアイスコーヒーにこだわった、とてもいい喫茶店である。

この街に引っ越してから、すぐに通い始めて、今ではすっかり常連である。ヒマなのと、落ち着くのとで、週に3~4回は通っている。ひとりで行くこともあれば、妻や友人と一緒に行くこともある。

この喫茶店で、マスターから、差別を受け続けている。しかも、明らかに意図的な差別を受けている。

どんな差別か。たとえば友人と一緒にこの喫茶店へ行って、アイスコーヒーを2つ注文する。しばらくして、アイスコーヒーが2つ運ばれてくる。私のアイスコーヒーは、普通のコーヒーグラスで提供される。なのに、友人のアイスコーヒーは、なぜか中ジョッキで提供されるのである。

普通のコーヒーグラスと中ジョッキを比べると、容量は倍近く違う。友人には、デカいジョッキで、私の倍量のアイスコーヒーが提供されている。見方を変えれば、私には、友人の半量のアイスコーヒーしか提供されていないのである。

正直、悔しい。私は、ケチだ。ケチだから、友人とおなじお金を払っているのに、友人よりアイスコーヒーの量が少ないのが、悔しい。私も、中ジョッキでアイスコーヒーを飲みたい。

ジョッキ問題、特定の友人に限った場合の話ではない。別の友人や知人、妻と一緒に行った場合でも、おなじ問題が、必ず起こる。私は普通のグラス、私の同行者はデカい中ジョッキ。私は半分のコーヒー、同行者は2倍のコーヒー。これを差別と言わずに、なにを差別と言うのか。

はじめて中ジョッキでコーヒーが出てきたときは、「たまたまグラスが足りないのかな」「洗い物が間に合っていないのかな」と、苦笑していた。だって、こだわりの水出しアイスコーヒー(抽出に半日近くかかるらしい)をデカいジョッキで出すのは、どう考えてもおかしいでしょう。

しかし、数回目くらいから「これは『たまたま』ではない」「ワザとやっている」と気がついた。毎回、中ジョッキが出てくる。しかも、私の同行者だけ中ジョッキ。絶対に意図的に、私の同行者を狙って、中ジョッキのクソデカアイスコーヒーを出している。

最初は笑っていられたが、だんだん頭にくるようになってきた。だって、私が1杯のアイスコーヒーを飲み終わってるのに、同行者の中ジョッキには、まだアイスコーヒーが半分以上残ってるんですよ。水を飲んで待つのも無粋だから、アイスコーヒーをおかわりしますよね。出費がかさむじゃないですか。イヤですよね、出費。

妻や友人に頼んで、アイスコーヒー以外も中ジョッキ化するのかを試したことがある。結果、すべて中ジョッキ化した。ウィンナーコーヒーも、ロイヤルミルクティーも、クリームソーダも、冷たい飲み物ならなんでも、ぜんぶ中ジョッキになった。生クリームごつ盛りのウィンナーコーヒー(中ジョッキ)、アイスごつ盛りのクリームソーダ(中ジョッキ)が出てきた。

私と一緒じゃないときはどうなのか、妻や友人に確認したこともある。私と一緒じゃないときは、通常の量のドリンクが出てくるそうだ。つまり、「私と一緒」ということが、ジョッキドリンクの出現条件になっている。これは、私を狙った、巧妙なイジメではないだろうか。

3年間、ジョッキ差別を受け続けてきた私だが、そんな私にも、ジョッキで飲み物が出される日が来た。今年のお正月、妻と一緒に、いつもの喫茶店へ行った。「甘いものが飲みたいね」という話になって、クリームソーダを2つ頼んだ。

少しして、クリームソーダがひとつ運ばれてきた。中ジョッキだった。そしてその中ジョッキが、私の前に置かれたのだ。「!」私は驚いた。ジョッキが私の前に置かれることは、今まで一度もなかった。「マスター、改心したのか!?」と思って、素直に感動してしまった。

その直後、妻のクリームソーダが運ばれてきた。それを見て、私は唖然とした。妻のクリームソーダ、こともあろうに、私のジョッキよりも一回り大きい大ジョッキいっぱいに注がれていた。アイスクリームが、大ジョッキの口いっぱいに、ガッツリと盛られていた。

重量を確認すると、妻のクリームソーダは、私のクリームソーダの倍近くの重さがあった。たぶん1kgはあった。なみなみに注がれたソーダ水は、今にもあふれそうになっていて、溶けかけたアイスクリームが、グラスのふちをつたっていた。

私のジョッキドリンクの夢は、この日ようやく叶った。しかし、叶ったそばから、さらに大きな夢(大ジョッキ)(どこから出てきたんだ?)によって粉砕されてしまった。

マスターからジョッキ差別される理由、まったく身に覚えがない。毎回、お行儀よくコーヒーを飲んでいる。多少、長居することはある。しかし、長居するときも、水で粘るようなことはしない。ちゃんと追加のドリンクを注文して、お金を使っている。我ながら「いいお客」だと思う。

マスターと特別に親しいわけではないが、街で会えば挨拶もする。顔なじみで、たまにお茶菓子などをもらうこともある。

それなのになぜ、私のコーヒーは少ないのか。いや、少ないわけではない。規定量なんだろうけど。なぜ私の同行者にだけ、えこひいきをするのか。私に気を使ってくれているのだろうか? でもね、私だって、ジョッキでコーヒーを飲みたいんだよ?

マスターに、ジョッキ差別の理由を聞いてみたい。しかし、バカバカしすぎて聞けない。なんて聞いたらいいのかも、わからない。っていうか、なんでアルコールを出さない純喫茶に、キ〇ンのロゴ入り中ジョッキが何個も何個もあるんだよ……。

あいかわらず、私と一緒に喫茶店へ行った人は、ジョッキにたっぷりと注がれたアイスコーヒーを、おいしそうに飲んでいる。私はそれを、指をくわえて見ていることしかできない。私は今日も、行きつけの喫茶店で差別を受け続けている。

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