「なにをしてもムダ」という感覚

04.じんせいのこと
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ここ1ヶ月ほど、なんとなく無気力な状態が続いている。私は双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っているので、「双極性障害の、うつ状態かな?」と思ったが、どうも違うっぽい。

マジのうつ状態になると、寝起きすら困難になる。家事や外出なんて、もってのほか。本当になにもできなくなって、生活が破綻する。

最近のは、それほどではない。たしかに無気力なのだが、ちゃんと早寝早起きしているし、家事や外出もできている。ただ、本当に無気力である。

今は仕事をしていないので、時間がありあまっている。やろうと思えば、なんでもできる。実際、いろいろやろうとしているし、やっている。ただ、なにをやっていても、「これで合っているのだろうか?」「これが正解だろうか?」という感覚がつきまとう。

仕事をしていないのには、ちゃんとした(?)理由があって、双極性障害があるため、普通に会社勤めするのがむずかしい。障害者雇用という道もあるが、個人的には避けたい。そのため、障害をオープン(明らかにした)での一般雇用を目指している。ただ、なかなか上手くいっていない。

なので、なにかしら自分でお金を稼ぎたい。厳しい道だろうが、フリーランスとして独立するのが理想である。そのために、ない知恵を絞っていろいろやっているが、正解が見つからない。なにをしていても、前進している感じがしない。

自分では、いちおう歩き続けているつもりでいる。ただ、向かっている方角が正しいのかどうかが、わからない。そもそも、歩いている「つもり」で、じつはその場で足踏みをしているだけなのかもしれない。

なにをしても、手応えがない。「やった!」「やりきった!」という感覚がない。雲をつかむような感じで、なにをやってもスカスカしている。実際、なんの結果も成果も出ていない。

そもそも、早急に結果や成果を求めてはいけないのかもしれない。もっと戦略的に計画を立てて、長期的な視野を持っていくべきなのかもしれない。

ただ、私はもう若くはない。「もう」30代なかばで、残された時間が多いとも思わない。目の前のニンジンに飛びつく気持ちで、やっていくしかない。目先のことを、一生懸命やるしかない。

同年代の人たちを見ていると、今までに積み上げたものがあって、人によっては足場を固めて、人によってはさらに上へ進もうとしている。

私にも、積み上げてきたものがあったが、双極性障害によって一度ブチ壊されてしまった。それから、10年経つ。10年間、砂場で小さな山を作っては壊し、作っては壊し、その繰り返しで、なにも進歩がない。

同年代の人たちは、おそらくもう人生のゴールを定めている。たとえば仕事とか、家庭とか。いろいろあるだろうけど、「このために生きる」みたいな目標があるように見える。

そんななか、私はといえば、行く先を見失ってオロオロとしている。道しるべもない、だだっ広い荒野のなか、あっちへ行ったり、こっちへ戻ったりしている。

なんのために、なにをしたらいいのかが、わからない。いや、「なんのため」は、ボンヤリわかる。私はこれからも生きていたい。生きていくためには、お金が要る。お金を稼ぎたい。できれば、たくさん稼ぎたい。

お金を稼ぐために、なにをしたらいいのか、なにをすべきなのかが、わからない。就職するのがいちばん早いけど、就職してやっていく自信がない。独立するにしても、どうすればいいのかわからない。

今までは、会社員として、雇われの仕事しかしたことがなかった。会社、すばらしい。「稼ぐ仕組み」ができていて、そこで働くだけで、定額のお金がもらえる。会社員時代が懐かしいし、会社員に戻りたい。

ただ、双極性障害が原因で、会社員としてのキャリアは、ほぼ終わってしまった。これからは、自分で「稼ぐ仕組み」を作らなければならないのかもしれないが……これがとんでもないことで、途方に暮れている。

会社員のことを揶揄して「歯車」だなんて言うけど、歯車になるのも大したもんだと思う。私の父は、ひとつの会社で半世紀近く働いていた。耐用年数50年の歯車、すばらしい逸品だろう。私はといえば、双極性障害のせいで、マトモに働けるのはせいぜい3~4年が限度、歯車になるには弱すぎる。歯車にすらなれない。

なので、なんとか自分で「稼ぐ仕組み」を作りたいのだが、それには壮絶な努力と労力が必要なことに気がついた。世の中の起業家・経営者・自営業者の方々は、本当にすごい。感心している場合ではないが。

壁が高すぎて、向こう側がまったく見えない。ジャンプしたり、台に昇ったり、いろいろ努力はしているが、なんとかなりそうな気がしない。わずかな光明も見えない。

結果が見えない努力を、繰り返している。結果が見えない努力ほど、むなしいものはない。徒労に終わる可能性だって、大いにある。やりたくないが、やるしかない。やるしかないが、やりたくない。

なににしても、すぐには結果が出ないに決まっている。でも、すぐに結果が出ないと、「やっぱりムダな努力だった!」となって、徒労に感じてしまう。無気力になってしまうのは、きっとこの徒労感のせいなんだろう。

「お金を稼ぎたい」という目標も、よくない。お金はあくまで手段であって、目的ではないはずだ。なんのためにお金が要るのか? 生きていくため。豊かに生きていくために、お金が要る。

「豊かさ」は、どこにあるのだろう? 私にとっての「豊かさ」とは、なんなのだろう? 考え出すと、キリがない。よりいっそう無気力になる。

インスタントな目標がほしい。「アナタはコレをやっていればOK!」「コレさえできればOK!」みたいな、目の前のニンジンがほしい。でも、もう誰も目標を与えてくれないんだよな。自分が生きる目標・生きる術は、自分で探すしかない。

生活はラクじゃないし、無気力になってるヒマはない。とりあえず、生計を立てられるようにならないと……そう思いつつ、その困難さ・途方もなさの前に、立ちすくんでいる。

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