発達障害(ADHD)のこと

03.精神障害のこと
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あんまり自覚がないんだけど、私はADHD(注意欠陥・多動性障害)の当事者らしい。「らしい」というくらい自覚がない。しかし残念ながら、お医者さんの診断が出ている。カウンセラーさんから指摘された特徴は、不注意・多動・衝動性といった、典型的なADHDの症状。

なんで自覚がないのに、ADHDの診断が出たのか。もともとは、双極性障害(躁うつ病)という精神障害を持っていて、そのケアのためにカウンセリングへ通っていた。そこで、カウンセラーさんに「ここ何年か、音が本当にキツい。人の話が聞き取れない」という相談をしたら、カウンセラーさんから「ソレ、発達障害では……?」と言われた。

(突拍子もないことを言うな……)とか思いつつ、ためしにストラテラ(発達障害の薬)を飲んでみたら、コレがてきめんに効いた。

そのあと、WAISという知能検査を受けたところ、動作性IQと言語性IQが大幅に乖離していて、「やっぱり発達障害だね~」となった。あーあ。

「あなたは発達障害です!」と言われたので、とりあえず発達障害について知ろうと思った。岩波明『発達障害』(文藝春秋)を買って読んだ。一般的な特徴から、具体的な症例まで書いてあって、読んでみるとたしかに「なるほど!」という感じだった。

私の世代(30代~)だと、「発達障害」といえば「子どもの障害」というイメージが強く、大人になれば勝手に治るものだと思っていた。しかし最近では、子どものADHD症状は、大人になっても続くと言われている。

ADHDの症状は多様らしいが、代表的なのは、最初にも書いた不注意・多動・衝動性。カウンセラーさんと一緒に、自分の記憶をたどっていったら、たしかに思い当たるフシが多々あった。

まず、不注意。学校でも職場でも、ケアレスミスが本当に多かった。学生時代に、日商簿記2級の勉強をしていたとき。商業簿記も工業簿記も、テキストは完全に理解しているのだけど、試験で毎回ミスをする。電卓の叩き間違い、数字のケタの間違いなど。正しい試算表が作れない。5回受けて5回落ち、挫折した。

社会人になってからも、不注意が治らない。細かい計算が苦手。資料の誤字脱字が多い。スケジュール管理ができず予定をすっぽかす。出張先へ持っていく資料をマルッと会社に忘れるなどしていた。

もっとも深刻だったのが、「会話に集中できない」こと。人と会話しているときに、外部からの刺激(まわりの声や物音)を受けると、注意力が全部そっちへ持っていかれる。そして、会話している相手の声が、なにも聞きとれなくなってしまう。

ガヤガヤした飲食店とかに入ると、声や物音がすべて頭のなかに入ってきて、発狂しそうになる。音声の選択的聴取ができない。会話に集中できない。

多動、学生時代はひどかった。学生時代はドラムをやっていて、そのせいか授業中や食事中も、常に手足でビートを刻んでいた。ちなみに、ドラムはヘタだった。

身体の多動については、大人になって自然と治まったようだ。ただ、最近もよく多弁になるときがある。相手の様子もかまわず、一方的にまくし立ててしゃべってしまう。コレも、多動の形らしい。

衝動性、コレもいまだに問題である。内的な衝動性も、行動面における衝動性も、たぶんメチャクチャ強い。

私は、とにかく判断が早い。判断のために、あまり悩まない。なんでもサクッと決めてしまう。たとえば、4年前に地元・岐阜から上京したこと。「上京するぞ!」と決めた翌週には、もう東京で採用面接を受けていた。上京にあたっては、両親とか友人とかにも、いちおう相談をした。みんなからやんわり止められたけど、自分で「やる!」と決めたら、やるしかなくなる。

3年前に引っ越しをしたときも、そう。「ここに住みたい!」という物件を見つけて、どうしてもそこに住みたくなってしまった。「ここに住みたい!」という気持ちが先行していたので、内見して即決だった。

自分ではしっかり考えて判断しているつもりなのだけど、まわりから見ると浅はかに見えるんだろう。っていうか、実際浅はかなんだろう。最近もよく「コレがしたい!」「アレやりたい!」と言っては、妻から「よく考えてね」「やめておきなよ」とたしなめられている。

行動面における衝動性も、ヤバい。イライラしやすいのは、もともとそういう性格なので仕方ない。ただ、イライラが攻撃性となって人に向いてしまうので、ヤバい。気に食わないことがあると、ガマンできずにトゲトゲしい態度になってしまうこともある。大人になりたい。

前にいた会社での話。仕事中に、同僚から話しかけられた。そのとき私は、目の前の仕事にとても集中していて、「あとにしてください」と言ったのだが、同僚はかまわず話しかけてくる。私はイラッとして、その日じゅう、その同僚のことを無視した。その同僚からなにを聞かれても、なにを言われても、ウンともスンとも返事をしなかった。そうしたら、上司に叱られた。そりゃそうだ。

小学生のころの話。突然「みんなで将棋大会がやりたい!」と思い立って、学校に届けを出して「将棋部」を作った。学校で新しく部活を作ったことがある方ならおわかりになると思うのだけど、学校で新しく部活を作るのは、ワリと面倒くさい。最低限の部員や、部室・空き教室を確保する必要があり、けっこう大変である。だが、将棋大会やりたさのために、頑張って部を作った。

小学生のころは、まだ人望があったので、はじめから20人近くの部員が集まってくれた。将棋部を作って3ヶ月くらいして、念願の将棋大会を開くことができた。そこで満足して、というか飽きてしまって、私は将棋部をやめた。その後、将棋部は自然消滅した。

思い返すと、ADHDに該当しそうなエピソードは山ほどあるんだけど、いかんせん自覚がない。「ADHDで困った!」と感じていること、会話に集中できないことくらいで、あとはべつに不便を感じていない。

ただ、不適応は起きていたんだろうなあと思う。『発達障害』の61ページにも、

しかし総じてみると、多くのADHDの人は、児童期から学生時代までは重大なトラブルを生じずに経過している。多少の症状がみられても、それを周囲の配慮や本人の能力や努力でカバー可能な場合が多いからである。

岩波明『発達障害』(文春新書)

と書いてあったけど、たぶん今まで自分はムリをしてきたと思うし、まわりには迷惑をかけてきたとも思う。

今は、ストラテラという薬を飲んでお茶を濁している。ストラテラ、はじめはてきめんに効いた気がしたけど、最近はそうでもないな。

なにより、お医者さんとカウンセラーさんから「あなたはADHDですよ」と言われているのに、自分にはその自覚がまったくないので、困る。もっと勉強しなきゃいけないし、もっと自分のことを知らなきゃいけない……。

「病識」については、過去の記事にくわしく書いた。病識とは「自分が病気であることを自ら認識すること」なんだけど、今の私にはADHDの病識がない。まったくない。

「私が困っていないなら、それは私にとって障害ではないのでは?」とも思う。しかし、私が困っていなくても、まわりの人が困っているかもしれない。気づいていないだけで、ADHDのせいで不適応が起きていて、そのために見えない不利益をくらっているかもしれない。

率直に言うけど、私は、お医者さんの診断も、カウンセラーさんの意見も、WAISの結果も、なにも信じていない。私は今でも「自分はADHDではない」と思っている。

ただ、お医者さんの診断、カウンセラーさんの意見、WAISの結果は、客観的に受け止めなければならないとも思う。みんなが私のことを「ADHDだ!」と言っている。しかも専門家が。人の言うことを無視するのは、よくないよね。そのために、ADHDと、そして自分の特性を、もっともっと知らなければならないんだろう。

私は、双極性障害(躁うつ病)という精神障害も持っている。双極性障害とは、もう10年の付き合いになる。双極性障害には、今までさんざん苦しめられてきた。双極性障害とどう付き合っていけばいいのか、いまだによくわからない。

岩波明『発達障害』によれば、ADHDと双極性障害が合併して起こるケースも少なくないらしい。ADHDについて知ること、ADHDをケアすることで、双極性障害とうまく付き合う方法が見つかるかもしれない。そんな希望も抱いている。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」とも言うし、ADHDについて正しい知識を得て、また自分自身のADHDライクな部分を見つめていきたい。あと、WAISの結果が書かれた紙を家のなかで紛失してしまったので、まずはそれを探し出したい。

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