親への恐怖のこと

05.家庭のこと
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親がいる。ふたりいる。父と母がいる。私が生まれたときからいて、今も存命である。典型的な家庭である。

父は、たしか65歳。何年か前に、勤めていた会社を定年退職したが、父は勤勉なので、同じ会社に再雇用されて、まだ働いている。恐怖をおぼえる。

父は、会社を休んだことがない。私の記憶にある限り、一日たりともない。体調を崩そうが、予定が詰まっていようが、他に誘いがあろうが、決して休まず会社へ行っていた。実家の客間には、祖父母や曽祖父の遺影と並んで、父の永年勤続を称える賞状が、何枚も誇らしげに飾られている。恐怖をおぼえる。

父は、高校を出てすぐ、今の会社に入った。そして現在まで約半世紀近く、ひとつの会社で勤めあげている。その間、母と結婚したり、私や弟が生まれたり、転勤したり、家を建てたり、単身赴任したり、祖母が認知症になったりと、いろんなことがあったが、泣き言ひとつこぼさず、ずっと勤めあげてきた。恐怖をおぼえる。

父は、わりと無趣味である。昔は、ときおりゴルフに出かけていたが、最近はそんなことも少なくなって、ゴルフクラブにはサビも出ている。あまり喋らない。休日はリビングに寝そべって、テレビばかり観ている。恐怖をおぼえる。

土日は家でくたびれているくせに、平日は早朝からシャキッと会社へ行く父。仕事が楽しいのか、仕事以外の楽しみがないのか、親子ながら、価値観がちがいすぎて、恐怖をおぼえる。

母は、たしか63歳。今は地元の旅館へパートに出ている。母も勤勉である。私の親とは思えないくらい勤勉である。母は、妊娠・出産の時期以外は、だいたいずっと働いている気がする。恐怖をおぼえる。

母の人生は、常に父とともにあったように見える。父の転勤について引っ越しをして、父を支え、家を守る。古臭い言い方になるが、そうとしか言いようがない。常にそうして生きてきた。恐怖をおぼえる。

母の人生には、いろいろあったようだが、詳しくは聞いていない。話したくないこともあるだろうし、親子でも踏み込んではいけない部分もあるだろうから、詳しくは聞かない。でも、知りたさはあるから、死ぬ間際にでも話してくれたらいいと思う。

母は、父と比べてだが、人間臭い。祖母と同居を始めてから、祖母にいびられて落ち込んだりしていたが、それでも献身的に祖母に尽くしていた。去年、祖母が老人ホームに入ったとき、母はボソッと「これで終戦だわ」とこぼした。「おつかれさま」と声をかけると、母は苦笑していた。

母と祖母は、言わずもがな他人である。祖母については、大嫌いなので書くのもイヤ、モンスターみたいなババアなのだが、母は泣き言言わず、祖母の言うことに従ってきた。私が母の立場だったなら、多分どこかで頭の糸が切れて、あのクソババアを※しているだろう。なにを考えて、我慢し続けてきたのか。恐怖をおぼえる。

若いころは、父と母の人生を見て、「単線的で、なんてつまらないんだろう」と思っていた。特になんの抑揚もない、ただ日常を消化するだけの人生。若い私の目には、父と母の人生が、そう映っていたし、それになんの意味があるのか、わからなかった。

ところが、大人になってみたら、どうだろう。単線的に生きること、抑揚なく生きること、日常を消化することの、なんと難しいことか。

私は、新卒の会社を都合6年半で辞めた。自分では、これでもよく頑張ったほうだと思う。ところがどっこい、父は、勤続すること半世紀。父と比べると、私はなんてちっぽけなんだろうか。っていうか、半世紀もおなじ会社に勤め続けるの、頭のネジが外れてないか。恐怖をおぼえる。

私の人生、月並みだけどいろんなことがあって、ガマンが足りなかったりしたせいで、ハチャメチャになり、抑揚がありすぎて、もうロデオのようになっている。

父と母は、人生の手網(たずな)をしっかりと握って、暴れ馬を抑えるように、ひとときも気を抜くことなく、着実に歩みを進めてきたのだろう。その理性は、どこからきているのか。恐怖をおぼえる。

日常を消化することも偉大だ。一見なにもないような日常でも、目を凝らせばたくさんのできごとであふれている。若くて、バカな私には見えていなかったことばかりで、じつは事件の連続だった。父と母は、私に苦労を見せることなく、それらを解決していたのだ。恐怖をおぼえる。

私と弟が就職してしばらくたったころ、父が、すこし残念そうに「新車には、乗れなかったな」とつぶやいた。そういえば、父の数少ない趣味のひとつが、車だった。ときどき「ベストカー」や「カーグラフィック」などの雑誌を買って読んでいたり、テレビでも新車紹介の番組をよく観ていた。

父は、ずっと中古車に乗っていた。私はずっと、父はケチだから中古車に乗っているのだと思っていたが、そうではなかった。父は、私や弟のために、中古車に乗り続けていたのだ。

父も母も、私や弟のために、多くのものを諦めて、犠牲にしてきたのだと、そのときはじめて気づいた。もちろん、感謝の気持ちはあるが、それよりも、父と母の業の深さに、恐怖をおぼえる。

父と母、結婚してから40年くらい経つのだろうが、よく40年ももっているなと、ここでも恐怖を覚える。私は結婚してからまだ3年くらいだが、もう何度か挫折しかかっているし、今後挫折しない保証も自信もない。

しかも、父と母は、子どもやら、マイホームやら、ローンやら、親の介護やら、たくさんの火種を抱えながら、40年の結婚生活を送ってきたのだ。どんな苦労があったのか、想像もつかないし。恐怖をおぼえる。

私は、飛び出すように家を出て上京、「二度と岐阜には戻らない」宣言をしてしまったが、「離れてわかる親のありがたさ」最近になって、両親の偉大さが身に染みるというか、恐怖をおぼえる。

結婚して、出産して、ローンを組んでマイホームを建てて、子どもふたりを大学に上げて、親の介護をして、これらすべてをやりきるなんて、並大抵のことではない。その忍耐には、深い闇を感じる。恐怖をおぼえる。

いまさら、親孝行をしようなどとも思わない。高齢者に新車なんて与えても、不幸な事故のもとだから、絶対にやめたい。

しかし、どうにか「あなたたちはすごい」「あなたたちはえらい」ということだけ、しっかりと伝えたい。父と母の人生を、ハッキリと肯定したい。狂人じみた偉業に、やはり恐怖を覚えるが。

いまはどう伝えたらいいのか、わからない……「生んでくれてありがとう」「育ててくれてありがとう」みたいな、シンプルな感謝とはちがう。感謝よりも、恐怖をおぼえる。「とんでもないことをしてくれた……」「なぜ、こんなことを……」みたいな、ややこしい思いがあるのだが……両親が死ぬまでには、この恐怖を、しっかり言葉にしたい。

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