むかしから「妻の言うに向こう山も動く」と言う。わが家では、妻の機嫌をそこねると、向こう山が動くような大災害になる。
先日、ひっこしをした。ひっこし、とにかく金がかかる。
後日、私の実家の両親から、いくばくかの仕送りがあった。おりしもひっこしを終えて、口座残高に不安があったころ。正直にありがたかった。
私は、妻にはなんでも話す。お金のこと、人のこと、買い物のこと、その日のこと、本当になんでも話す。その日も妻に、実家の両親から仕送りがあったことを話した。
「いくら?」
妻からは、そう聞かれた。
ところで、妻は私に借金がある。以前リボ払いの残債を立て替えたときに20万円、ひっこし費用の立て替え分25万円、合計45万円の借金がある。
夫婦のあいだのことなので、厳しく取り立てたりはしない。あるとき払いの催促なしだけど、一応「妻にお金を貸している」という事実だけは忘れていない。私はケチなので。
リボの立て替え分については、私がムリヤリ返済させたので(リボの利息を払うの、アホらしくないですか?)、細かいことは言わない。死ぬまでに返してくれたらうれしい。
ひっこし費用の立て替え分25万円に関しては、冬のボーナスで一括返済すると約束していた。妻は正社員なので、ボーナスが出る。うらやましい。
話は戻る。妻から「仕送りはいくら?」と聞かれたので、私は正直に「20万円」と答えた。そうしたら妻は「じゃあひっこし費用の返済は、5万円返せばいいね」と言った。
「?????」頭が混乱してきた。なにを、どう計算したら、そういう話になるのだろうか……私は頭がいいので、すぐに(私への仕送りを、全額自分の借金返済に当て込んでやがる……!)と気づいた。
「いや、それはおかしくない?」
ただちに反論する。すると、妻の機嫌がみるみるうちに悪化していくのがわかった。
慌てて取りつくろうように、言葉をならべる。
「仕送りは、あくまで私へのもので」
「家計はひとつだけど、財布はふたつで」
「ひっこし代は、折半するって約束で」
ぜんぶ火に油、どんどん墓穴を掘っていったようで、妻はプンスカ怒りだした。
「お金のことを細かく言うの、本当によくないよ」
「せっかく正社員になってボーナスがもらえるのに、お金を返して終わっちゃう」
「私だって、家のものをいろいろ買ってるのに」
完全に、妻のターンになってしまった。こうなってくると、もうどうにも反論できない。家を借りてくれたのは、妻だし……家賃を払ってくれるのも、妻だし(家賃は妻の口座から引き落とされる)……。
「わかった、ゴメンて」
なぜか私が謝ったが、妻の怒りは治まらない。
「わかってない!」
「ゴメンじゃない!」
そんなことを言われながら、ひたすら謝りとおす。
「それなら、ひっこし代は分割にしよう。ボーナスが返済でなくなっちゃうのは、悲しいもんね……」
というわけで、私から妻に、妥結案を提示した。
1.ひっこし代は、無期限分割返済にする
2.冬のボーナスからは、任意の額を返す
3.冬ボ以降の返済時期・返済額は、妻が決める
ここまで、ここまで妥協して、妻はようやく納得して、機嫌をなおしてくれた。
借金にくわしい人ならおわかりだろうけど、この返済条件、きわめて妻に有利、私に不利な条件である。無利息・無期限の金銭譲渡というのは、税法上は「贈与」にあたる。ようするに、ひっこし代の建て替え分25万円を、妻にさしあげてしまったようなもんだ。
「20万円の仕送りがあったよ」なんて気軽に口走ってしまったばかりに、妻の機嫌をそこねて、本来返ってくるハズだった25万円が消えて、しかも私の仕送り20万円がどこかへ消えてしまった。コレもう災害だろ。
「妻の言うに向こう山も動く」と言いますけど、妻の言うことには逆らえない。妻の機嫌が第一だし、妻にはいつも機嫌よくいてほしい。妻が怒ると、地震や火事どころのさわぎではないので……。
妻、なにがきっかけで機嫌をそこねるか、いまだによくわからない。基本的におおらかで、優しくて、思いやりがあって、おっとりとしてるんだけど……過去に何度かお金の話でもめたことがあり(それは毎回私の過失なんだけど)、お金、私のお金に対しては敏感になっているのかもしれない。
妻、怒ると本当に怖い。静かに怒っていたかと思えば、突然嵐のように怒鳴り出したり泣き出したりする。いままでは、それだけのことを私がしてきたから仕方がないけど……今回の20万円はおかしいだろ。
私は私で、双極性障害(躁うつ病)持ちで、躁状態になると浪費グセが出る。基本的に、お金を持っていてはいけない人種である。だから本当は、サイフの管理とかも、妻に任せるのがいいのかもしれない。通帳とかも、妻にあずけるのが正解なのかもしれない。
それにしても、横から20万円ぶんどるのは、ひどくないか……天災にあった気分である。私にとって、いちばん身近な自然(?)である妻、そのおそろしさを身をもって知らされた一件だった。
(妻より:半分はフィクションです)