アシンメトリー

04.じんせいのこと
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左腕が動かなかった。

逆子だった。一般的な胎児というのは、頭を下にして、母親の腹のなかに収まっている。私は逆子だったので、頭を上にして、母親の腹のなかに収まっていた。

べつに珍しいことではない。妊娠中期までは、30~50%の胎児が、逆子状態になるらしい。胎児はちいさいので、母親の腹のなかで縦になったり横になったりするのだろう。

ただ、出産のときには、逆子であることはリスクになりうる。私の場合には、分娩時にヘソの緒が首に巻きついて死にかけた。あと、左腕が産道に引っかかって圧迫され、骨格が変形して、神経もマヒしてしまった。

幼いころは、左腕だけずっと「バンザイ」をしていたらしい。私の記憶にはないけど、両親が愛知県岡崎市にある療育施設へ通って、長いあいだリハビリをさせてくれた。

施設には、他にもたくさんの障害を持った子どもたちがいたらしい。ある子どもは、私の両親に「きっとよくなるよ」と言ってくれたそうだ。療育の結果、「バンザイ」をしていた左腕が、おろせるようになった。

私が思い出せるのは、小学生になったくらいから。小学生のときは、左腕はダランとたれ下がって、ほとんど動かせなかった。左腕の神経がマヒしていて、筋肉がほとんどついていなかった。

体育の授業の「前ならえ」が苦痛だったことを覚えている。とにかく左腕が弱いので、左腕で左腕を持ち上げられない。

見た目も、ヘンだった。右腕は、まっすぐシャキッと伸ばすことができる。左腕は、骨格が歪んでいるので、伸ばしているつもりでも、見てわかるくらい屈曲している。

小学3年生のとき、友人に誘われたのと、両親のススメもあって、少年野球をはじめた。野球のことなんてよく知らずにはじめたけど、これも大変な苦痛だった。

まず、グローブが持てない。私は右利きなので、左手にグローブを持つのだけれど、皮のグローブは重くて持ち上げられない。なので、しばらくはビニール製のグローブ、未就学児のオモチャのようなグローブを使っていた。

バットも、振れない。左腕はアテにならないので、右腕だけでバットを振る。バッティングフォームはメチャクチャになる。左手は添えるだけ状態。コーチから指導を受けても、左腕が弱いことはどうしようもない。

素振りの練習をかくれてサボっていたら親にバレて、「100回振るまで家には入れん」と言われたりした。たぶんコレもリハビリの一環、厳しさも親の愛なのだろうけど、本当にキツかった。

両親に言われて、水泳もやっていた。水泳は、リハビリによく使われますね。私の左腕も、水泳のおかげで、ずいぶんよくなった。とはいえ、やはり左腕を動かすのはキツい。

クロールが好きだった。クロール、腕をブン回すだけでいいので、カンタンだ。平泳ぎ、背泳ぎも、かろうじてできた。

バタフライだけは、どうしてもできなかった。左腕で、水をかけない。通っていたスイミングスクールには進級試験があって、いちばん上の級へ上がるためには、バタフライで25メートルを泳ぎきらなければならなかった。私は、毎回途中で力尽きてしまって、結局いちばん上の級には進めなかった。

中学へ上がったころから、左腕のことは一切気にならなくなった。リハビリと、運動のおかげだろう。あいかわらず見た目も動きもヘンだけど、日常生活に不便はなかったし、「左腕が不自由であること」自体を、すっかり忘れてしまっていた。

そもそも、私の左腕は先天的なものなので、不便なんて感じようがない。前ならえや、野球・水泳のように「左腕を動かせ!」と強いられると「キツい!」と思う。ただ、日常生活では、左腕が動かないなりに動作が最適化されていくので、不便を感じたことがない。

私は「ちゃんと動く左腕」を持ったことがないので、「左腕がちゃんと動く世界」を知らない。知らないから、それをうらやむこともないし、ちゃんと動かない左腕に不満を持つこともない。

最近、ちょっとしたきっかけがあって、自分の左腕のことを思い出した。さっき姿見の前に立って、右腕と左腕を見比べてみた。右腕、シャンと伸びている。左腕、あいかわらずダランと曲がっている。身体が左右非対称なのが、目に見てわかる。

右腕とおなじように、左腕も動いたらいいのになあ。いまでも、ときおりそう思うことはある。左腕ではしを使ったり、茶碗を持ち上げたり、コップを口に運んだりすることはできない。さっき「不便はない」って書きましたけど、右腕をケガしたときはメチャクチャ不便でしたね、すみません。

私の左腕、「身体障害」とかではないのだけど(長らく医者にも見せてないし)、私の弱点、弱みではある。いざというときは右腕しか頼れないし、頼りの右腕をケガしてしまうと生活がキツくなる。

ただ、このアンバランス、アシンメトリーが、「私らしさ」なんだろうなとも思う。みなさん、だいたい左右対称でしょう。私は左右非対称です。差別化を図れているとは思いませんか。

子どものころは、なんか不格好でイヤだった。みんながキチッと前ならえをしているのに、私だけ右腕しか上げられないのが恥ずかしかった。みんながピシッと両腕をそろえて起立しているのに、私の左腕だけだらしなく曲がっている。歪んだ左腕、みっともないなと思っていた。

大人になってみて、あいかわらず動かしにくいのは苦になるが、不格好な左腕が、いとおしくなってきた。両親が一生懸命リハビリをさせてくれた左腕、スポーツをしてたらだんだん動くようになってきた左腕。私の左腕には、それにまつわる物語がいくつもある。

鏡に映った自分の姿を見る。いまでも、左腕が歪んでいる。いまはなんだか誇らしいような、晴れやかな気持ちになる。この腕とともに、生きてきたのだ。歪んだ左腕、まるで戦友のように感じる。左右非対称な私の腕には、私の人生が詰まっている。右腕と左腕の非対称性が、私の人格をかたちづくっている。

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