サラリーマンになるために生まれてきたんだ

04.じんせいのこと
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私の実家は、典型的なサラリーマン家庭だ。父は高卒で地元の中小企業に入って、40年以上経ったいまでも勤め続けている。大したもんだと思う。

そんな父の背中を見て育った。子どものころから当然に「私もサラリーマンになるのだ」と思っていた。というか、サラリーマン以外の生き方を知らなかった。

大学を卒業するころ、おりしも「IT起業ブーム」が到来していた。アンテナの高い学生たちは、高い独立志向を持ち、IT系の会社(いま思えばフワッとした言葉だけど)は大人気だった。

私はといえば、独立志向なんてまったくなくて、なにも考えずに就活をしていた。本当は食品会社へ就職したかったんだけど、普通に全落ちしたのと、両親のススメがあった(というか「地元に残ってほしい」と言われた)のもあって、地元の地銀に就職した。

地銀に入ったときは、すこし残念だったけど、すこしホッとした。このまま勤めていれば、きっと父のような人生を送ることができる。ずいぶん先にある人生のエンドロールまで想像して、安堵していた。

地方出身の方々にはおわかりいただけるだろうけど、大卒が地方で就活する場合、役所か銀行くらいしか就職の選択肢がない。言い方を変えれば、役所か銀行に入ることができれば、地元じゃ勝ち組、一生安泰なわけで、そういう意味でもホッとしていた。

ひとつ致命的な計算違いだったのが、仕事のキツさ。地銀の仕事、私にとっては頭がおかしいくらいキツくて、本当に頭がおかしくなってしまった。

はじめて頭がおかしくなった(?)のが、2012年の6月。会社の寮でブッ倒れて、病院をタライ回しにされ、最終的に心療内科へとたどりついた。

「もうダメだ……」そう思ったが、せっかくつかんだサラリーマンの夢を捨てられない。そのあとも、通院・服薬をしつつ、だましだまし勤務を続けていたけど、一度壊れてしまった心は、二度と元に戻らない。2014年の4月、苛烈なパワハラによってトドメを刺されて、地銀を退職した。

地銀をやめて、しばらく療養したあと、アルバイトをはじめた。銭湯の番台兼ゲストハウスの管理人。仕事内容はどうでもいいけど、とにかく不安定な身分だった。

まず、労使契約がない。存在しない。いちおう面接はあったけど、そこで「明日から来てね」という口約束を交わした以外は、なにもない。

福利厚生も、ない。社会保険もない、雇用保険もない、年金もない。なにもない。

それでも、なんとなく働いていた。しかし、半年ほどしたころ、いきなり「業務請負契約を結んでほしい」と言われ(コレはダメなやつだ)と思って、やめた。

わけのわからない条件で、わけのわからない仕事をしたせいで、私のなかのサラリーマン熱が、ふたたび燃え上がってきた。(絶対に、また、サラリーマンになるんだ)そう強く決意して、心機一転、東京の会社へ転職した。またサラリーマンになった。

東京の会社、なんの問題もなかった。超・ホワイト企業で、心にも身体にもやさしかった。

ただ、一度壊れてしまった心は、二度と元に戻らない。精神が発作を起こしたように調子を崩して、東京の会社も退職せざるをえなくなってしまった。

また、サラリーマンではなくなってしまった──サラリーマンであること、私の誇りだったし、私の存在意義でもあったのに、どうしてもサラリーマンを続けられない。

サラリーマン以外の生き方を、知らない。「知らない」というのは、ちょっと違うのかもしれない。ふるい友人は何人か独立起業しているし、東京へ来てからはたくさんの自営の人たちと出会った。「サラリーマンではない生き方」のことも、知っているには知っている。

ただ、サラリーマンという生き方しか見えない。サラリーマンの父の背中を見て育った。いままでに紆余曲折はあったけど、いまは父のようになりたいと思っている。そのために、サラリーマンにならなければならない。

ただ、体質が致命的にサラリーマンに不向きである。一度壊れてしまった心は、二度とは元に戻らない。私の場合、双極性障害という精神障害になっていて、3~4年周期で、猛烈な心身の不調におそわれる。

ひとつの会社に勤め続けられるのは、長くて4年。こんなジャンク人材を雇いたがる会社なんてないだろう(あったら紹介してください、真剣に探しています)。

父のように、サラリーマンとして生きたかった。身体を鍛えたのも、勉強をがんばったのも、なにもかも父のような強いサラリーマンになるためだった。

その願いも、いまはもうかなわない。私は、もう、サラリーマンには、なれない。受け入れがたい事実だが、一度壊れてしまった心は二度と元に戻らないので、仕方がない。

「もうサラリーマンにはなれない」人生何度目かの大きな挫折である。挫折、つらいですよね~私は挫折すると、冗談抜きで死にたくなってしまいます。過去に3回、挫折のために自殺を図ったことがあります。

今回も、心が根っこからボキッと折れかけた。というか、折れた。「もうサラリーマンにはなれない」その事実を何度も何度も何度も反芻して、一年くらい寝込んでしまった。いっそ死のうかと思った。

でも、もう死のうとは思わない。父のように立派なサラリーマンになれないのは、心の底から残念だけど……それでも生きていきたい。あと、いろんな人の、いろんな生き方を見ていたら、私もなんとなく生きていけるような気がしてきた。気がするだけかもしれないけど。

「父のようなサラリーマン」という、私のなかの定型の人生に憧れていたけど、そこからは逸脱してしまって、もう戻れない。父のようなサラリーマンになるために生まれてきたんだ。サラリーマンこそ私の天命だと思っていたけど、そうじゃなかった。

死ぬほどつらい、死ぬほど悲しい、死ぬほど悔しいけど、いまさらなにも言わない。生きていきたい。泥水をすするような生き方でもいい。砂金をさらうような生き方でもいい。なんでもいいから生きていたい。

でも本心は、やっぱりまたサラリーマンになりたい。遠くなった父の背中を、まだ追い続けている。

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