カウンセリングをオススメするたったふたつの理由

02.メンタルヘルスのこと
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先日ひっこしをして、3年通った精神科(以降「A医院」)から転院した。

A医院では、お医者さんによる薬物療法のほかに、カウンセラーさんによる心理療法(カウンセリング)を受けていた。カウンセリングを受けていた期間は、1年半くらい。月に1~2回受けていた。

そもそも、なんでカウンセリングを受けようと思ったのか。薬物療法を続けていたけど、状況が一向によくならなかったのがひとつ。ワラにもすがる思いで始めてみた。あとは、単にカウンセリングに興味があったのがふたつ。

カウンセリングを受けたことがない方、「カウンセリングって意味あるの?」「本当に効くの?」「なんか怪しくない?」そう思われるんじゃなかろうか。私はバッチリそう思っていた。自分から受けにいったにもかかわらず、はじめはメチャクチャ疑いの目を向けていた。

そんなわけで、疑心暗鬼のなか、カウンセリングが始まった。はじめは、自己紹介から。バカなので、カウンセラーさんの名前を覚えるのに半年かかった。はじめの半年くらいは、無難な受け応えだけで終わっていた。

そうして、1年半カウンセリングを受けてみて、どうだったか。いまは確信を持って「カウンセリングはいい!」と断言できる。お金と時間のかかることなので、万人にはすすめられない。カウンセラーさんとの相性などもあるから、効果に個人差はあるだろう。だけど、受ける機会があるなら絶対に受けたほうがいい。

私が個人的にカウンセリングをオススメする理由、ふたつしかない。ひとつは、悩みを具体化してくれること。

私の最初の悩みは「お金がないこと」だった。当時は定職についておらず(いまもついてないけど)、貯金を取り崩してなんとか生活をしていた。このままだと、いずれは詰んでしまう。「こんなことをカウンセラーさんに話してどうなるんだ……」そう思いつつ、お金がないことが目下の悩みだった。

「お金がないんです」という話をカウンセラーさんにしたら、「就職すればいいじゃん」と言われた。たしかにそうだな。というわけで、就労移行支援(疾病や障害がある人が、スムーズに就職できるようにするための制度)を紹介してもらい、通所を始めた。

ところが、どうもヤル気が起こらない。体験で何度か通所したけど、水が合わないというか、コレジャナイ感というか、なんとなく違和感を覚えた。なので、ふたたびカウンセラーさんに相談をしてみた。

カウンセラーさんと何度か話すなかで、自分のなかに「働くことへの抵抗感」があることに気がついた。就職どうこう以前に、そもそも働きたくない。

「働きたくないんですよ」私がカウンセラーさんにそう言うと、カウンセラーさんは「なぜ働きたくないんですか?」と聞いてきた。

そもそも一般論として、「働きたくない」というのはあると思う。だれだって、働きたくて働いているわけではない。みんな仕方なく働いてる。みんなイヤイヤ働いてる。私はそう信じてる。

ただ、それとはべつに、私のなかには、もっと強い「働きたくなさ」というか「働けなさ」「働くことへの不可能感」があることに気づいた。

というわけで、私の次の悩みは「働けないこと」になった。なぜ「働きたくない」「働けない」のだろうか。過去に会社勤めをしていたときは、ワリと仕事大好き、ワーホリ気味だったはずなのに(そのせいで身体を壊したんだけど)、いまは心から働きたくなくて仕方ない。

カウンセラーさんといっしょに、「働きたくなさ」「働けなさ」のルーツを探っていく。

私は、10年間にわたって、双極性障害(躁うつ病)に悩まされていた。ずっと精神科へ通っているのも、双極性障害のケアのためだ。双極性障害それ自体は、まァ仕方ないとして、問題なのは、仕事がドン詰まりになるとすぐ自殺にはしること。

過去に3回、自殺を図ったことがある。毎回、仕事でなにかつまずいたときだった。という話をカウンセラーさんにしたら、「そういう大事なことは、もっとはやく言ってよ」と言われた。すみません。

ともかく、私の心のなかでは、「働くこと」のなかに「自殺」が隠れていた。自殺はイヤだ。自殺は怖い。働くと、自殺のリスクがある。だから働きたくない。しかし、生きていくためには、働かなければならない。

という話を、カウンセラーさんとまた延々しつつ、「では、どうしたらいいのだろう?」ということを、いっしょになって考えた。それで最終的に「死なない程度に、ムリのない働きかたをしよう」という話になった。残念ながらココで転院、カウンセリングも終了となったけど、大切な気づきを得られた。

カウンセラーさんが悩みを解決してくれることは、たぶんない。最終的にどうするかは、自分次第だと思う。ただ、「自分がなにを悩んでいるのか」「自分のなかのボトルネックはなにか」を探すのに、カウンセリングはとても有用だ。

私の場合、「お金がほしい」から始まって「働きたくない」にいたり、最終的に「自殺が怖いから、働きたくない」という(解決途中ではあるけど)答えが見つかった。

カウンセリングのなかでは、ときに理詰めで、ときには感情をまじえながら、話を進めていき、現実的な妥協点を探していく。そうしていま私は、「死なない程度の働きかた」を探している。

私が個人的にカウンセリングをオススメする理由ふたつめ。ものの見方、生活の仕方というか、認知が変わる。

カウンセリングを受け始めたころ、私が抱えていた深刻な悩みのひとつが、睡眠障害だった。ある日は早朝(というか、深夜)に目が覚めたかと思えば、ある日は夕方まで寝込んでしまう。ある日は0時に就寝できたかと思えば、ある日は明け方まで眠れない。

そのとき、カウンセラーさんから言われて、毎日何時に寝て、何時に起きたかを記録することになった。はじめのうちはグチャグチャだった睡眠記録だが、目に見えるかたちで記録して、意識することで、だんだんと整ってきた。

睡眠記録をつけ始めてから3ヶ月くらいしたころには、月の2/3くらいはちゃんと寝起きできるようになっていた。だけど、残りの1/3は、やはりグチャグチャなままだった。

「月の2/3しか、ちゃんと寝起きできてません」私がそう言うと、カウンセラーさんは「月の2/3もちゃんとできてるじゃないですか、大進歩ですよ!」とほめてくれた。

一事が万事この調子で、私が「今週は家事しかできてない」と言えば「家事ができてて、えらい!」と言い、「今週は遊んでばかりだった」と言えば「遊びに行けてて、すごい!」と言う。

私を担当してくれたカウンセラーさん、基本的に前向きで、私をほめてくれる。しかし私はひねくれているので、ほめられても素直に受け取れない。カウンセラーさんが私を肯定して、それを私が全否定するかたちで、カウンセリングは続いていった。

はじめのうちは、いくらほめられても(調子のいいことばっか言いやがって……)と思っていた。しかし、延々とほめられ続けていると、マンザラでもなくなってきて、だんだんほめられなれてきた。

仕事にしても家事にしても生活一般にしても、はじめは「私はぜんぜんちゃんとできてません!」って感じ、自分の生活を全否定みたいな感じだった。それがだんだん「私はちゃんとできてるかも?」に変わってきて、最終的に「私はちゃんとできている!」になった。

もちろん、世間一般の「ちゃんとできている」とはほど遠い。あいかわらず仕事もしてないし、寝てばかりの日も多いけど……すくなくとも「ちゃんとできていない」ことへの負い目はなくなった。

カウンセリングを受ける以前は、多少の家事をして、あとは寝て過ごしてしまったりすると、「きょうもなにもできなかったな……」という強い罪悪感・ストレスにさいなまれていた。「できなかったこと」のことばかりを考えてしまっていた。

カウンセリングを受けるようになってからは、「きょうは洗い物と洗濯ができた」「きょうは近所へ買い物に行けた」「きょうはゆっくり休めた」みたく、「できたこと」に目を向けられるようになった。そのおかげで、寝過ごした日にもストレスを感じることはすくなくなった。

あと、「できたこと」に注目するようになったことで、生活の細かなことに気がつくようになった。キッチンの汚れやすい部分。洗濯の最適な回数。自分がリラックスできる場所。部屋の景色が美しいこと。いろんなことに気がついた。

コレが「認知療法」というやつなのだろうか。カウンセリングのおかげで、私のものの見方はガラッと変わった。いまは一日ダラダラ過ごしても、あまり罪悪感がない。7時半に起きて、とくになにもしなくても一日を過ごせただけで、満点をあげたくなる。変な時間に昼寝をしてしまっても「よく休めたな!」とスッキリした気持ちでいられる。毎日早寝早起きできるだけでえらい。そんな気分になっている(コレがいいことなのかはわからないけど……)。

カウンセリング、基本的には非保険なので、値段が高い。私が通っていたA医院は比較的安価だったので、気楽に通えたけど……都内だと10,000円/hとかするので、おいそれとすすめることはできない。ただ、医師が必要と認めた場合は保険適用になるケースもあるらしい。

カウンセリング、数回受けて効くものではない。効き目を感じるまでに長い時間を要するものだけど、ハマれば劇的によくなると思うので、チャンスがあったらぜひ受けてみてほしい。

どんな人にオススメか。なにかに悩んでいる、でもそのなにかがわからない人。悩みがある、でもその悩みは仕方がない、どうしようもないものと思ってあきらめている人。そういう人に、カウンセリングを受けてもらいたい。

最後に。カウンセラーさんが、主体的に私たちを助けてくれることは、たぶんない。カウンセラーさんはお金をくれないし、仕事もくれないし、なにかを買ってくれることもない。お話をしてくれるだけだ。ただ、その「お話」には、専門的な知見があふれている。

私の場合であれば、カウンセラーさんとの対話なしに「働けない理由」を導き出すことは、たぶん不可能だった。もしカウンセリングを受けていなかったら、いまでも働くことを避けるだけで終わっていただろう。「死なない程度の働きかた」というのを見つけられたのは、カウンセラーさんのおかげ。

また、カウンセラーさんは、私の認知を、私にとってこころよい方向へ導いてくれた。以前は毎日生きてるだけで申し訳ないような、強い苦痛を感じていたけど、いまは生きているのがラク、楽しくてしょうがない。コレもカウンセラーさんのおかげ。コレが認知療法なのかな、よくわからないけど。

カウンセラーさんは、あくまでヒントを与えて、導いてくれるだけ。その先、最後の一歩を踏み出すのは、やはり自分自身以外にありえない。

まだ「最後の一歩」を踏み出せてない私が言っても、あまり説得力はないのかもしれないけど……気長にカウンセリングを受けていれば、最後の一歩の直前までは行けるのではないかと信じている。

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