ふるさとがあるっていいね

04.じんせいのこと
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私のふるさとは、岐阜県の高山市というところ。人口は10万人弱だけど、面積は東京都よりも広い。人口より、家畜の数のほうが多い。要するにド田舎。ことしはコロナ禍の渦中だから帰省はしていないけど、それまでは年に1、2回帰省していた。

たまに妻から「ふるさとがあるっていいね」と言われる。妻は東京生まれ・東京育ち。いまも東京のほど近くに住んでいる。そのためか、東京(都市圏)に対しては、あまり「ふるさと」を感じないらしい。

そもそも、(都市圏としての)東京には、郷土愛的なものを感じさせる風土はすくないのかもしれない。東京都市圏で生まれ育った人、だいたいが東京都市圏で生きて、東京都市圏で死ぬだろう。

東京都市圏に実家があって、東京都市圏で暮らしていると、「帰省」という概念もなさそうだ。妻の実家は都内にあるけど、わりとカンタンに行き来できるので「帰省」という感じではない。東京都市圏でガチの郷土愛があるの、横浜くらいじゃないか。

妻から「ふるさとがあるっていいね」と言われると、私は若干イラッとする。「イラッ」というか、すこしモヤモヤしたような、なんとも言えない気持ちになる。

5年前に上京するまで、私はふるさとである高山市に住んでいた。進学や就職で、一時的に高山市を離れたこともあったけど、最終的には高山市に落ち着いた。

高山市での暮らし、楽しいものではなかった。ド田舎なので、娯楽はすくない。20代なかば~30歳にかけてを高山市で過ごした。娯楽といえば、たまにスナックへ行って、女性とお酒を飲むことくらい。ジジイみたいな娯楽しかなかった。

30歳になった。高山市を離れて上京するときは、もうふるさとと縁を切る、実家とも縁を切るつもりで上京した。冗談ぬきで、それくらいの決意というか覚悟というか、そういうものがあった。

私にとって、ふるさとは深い沼だった。

都会の人は「のどかな田舎暮らし」「スローライフ」に憧れるようだけど、そんなものはない。田舎はたいへん気ぜわしい。ご近所付き合いやら町内会、寺や神社の集まり、消防団や組や頼母子講(という名の集会)などがあり、それらに参加して、それらの負担をしないと、地域社会で生きていけない。

私が住んでいた集落でも、都会から移住してくる人が何人もいた。何人もいたのだが、だいたいみんな5年もしないうちに都会へ帰っていく。きっと想像していた田舎暮らしとは、大きくかけはなれていたんだろう。

私は実家暮らしだったので、上に書いたような地域の面倒ごとは、ぜんぶ父に押しつけていた。もし父が倒れたら、私が家を代表して、地域社会に参加しなければならなくなる。そんなことを考えて、いつも頭を悩ませていたし、それがイヤで、高山市を離れることにした。

コレは田舎ではよくある話だと思うんだけど、学生時代のヒエラルキー、先輩・後輩関係が、一生ついてまわる。どれだけいい職につこうと、どれだけ稼ごうと、学生時代にできあがった人間関係、その序列から逃れられない。

30代になろうと40代になろうと、学校の先輩は学校の先輩のままで、理不尽なことにも頭を下げ続けなければならない。ヒトじゃないブタみたいな先輩にも、敬うポーズを続けなければならない。

同年代でもそう。学生時代にヒエラルキー上位だった連中の言うこと・やることは絶対で、なにごとも唯唯諾諾と従うしかない。従わないとどうなるか。コミュニティからパージされて、生きていけなくなる。

コミュニティは狭く、密である。集落の住人たちは、みなそれぞれ、おのおののことを知り尽くしている。

高山市に住んでいたころ、私は無職だった。無職だったけど、住人たちの目がイヤで、ほぼひきこもっていた。週に一回、精神科の病院へ行くためにバスに乗る。

バス停に向かう途中で、名前も知らない近所のジジイに呼び止められて、仕事をしていないこと、精神疾患であることを咎められた。このできごとがきっかけで、私はふるさとを捨てることを決めることができた。

そんなわけで、私は「ふるさと」に対して、いい感情を持っていない。なので、「ふるさとがあるっていいね」と言われても、なにが「いいね」なのか、わからない。

ただ、ふるさとへの愛着、郷土愛がないかと言われれば、ハッキリ「ない」と言い切ることもできない。高山市への愛、まあかぎりなくゼロに近いのだけど、育った地であることは変えられない。

実家の両親への感情も、複雑である。両親とはいままでにいろいろあったけど、いまは育ててくれた恩を強く感じている。

それに、民法の定めによって親子の縁は切れない。「親子の縁を切る!」なんて息巻いて上京したけど、なんとなく義務感めいたものを感じているから、毎年ちゃんと帰省している。

帰省のたびに、両親の元気そうな顔を見る。なぜだかはわからないけど、安心する。最近はLINEとかもしている。われながら親孝行だと思う。

ふるさとの友人も、いないことはない。いまでも付き合いがある。それぞれが、ふるさと、地域社会のなかでちゃんと暮らしをしている。エラいなあと思う。

私は、ふるさとでは生きていけない。ふるさとで生きていけないから、東京に来た。言ってしまえば、ふるさとからドロップアウトしたのだ。

ふるさとに、負い目がある。ふるさとでの戦いに勝ち残れなかったから、東京へ逃げてきた。ふるさとは、私にとって敗北の証だと言っていい。

生まれ育った土地は、変えられない。そこで生まれて、そこで育ったという事実は、消せない。私のふるさとは高山市、この事実は、もうどうしようもない。

とはいえ、やるせない。東京へ来てからも、ふるさとにしばられている。

毎年の帰省もそう。私の両親は優しいので、ときおり私を気づかって、仕送りをしてくれる。そのたびに「たまには帰省しないとな」と思う。仕送りはありがたいんだけど、なんとなく呪いのように感じてしまう。

ふるさとの友人たちもそう。ふるさとの友人たちのグループLINEに入れられていて、ときどきメッセージが流れてくる。近況とか災害とか、そんなつまらないメッセージ。

ふるさとの友人たち、もうみんなべつべつの人間関係で、べつべつの人生を歩んでいるはずなのに、「ふるさと」という一点によって、ムリヤリ結びつけられている。コレも呪いのように感じてしまう。

ふるさとには、父名義の一軒家、私の実家が建っている。父が死に、母が死んだら、相続で私のもとへ回ってくるのだが……正直、ド田舎の一軒家なんて、どうあつかっていいのかわからない。

もう、ふるさとに住むつもりはない。東京都市圏で生きて、東京都市圏で死ぬ。売るにしても、私の実家はワケアリな土地に建っているので、売れるかどうかわからない。そもそも、ド田舎の一軒家なんて、買いたい人はいるのか。

父と母のことも、気にかかる。東京と高山市、遠く離れているから、両親になにかあっても、すぐには見舞えない。

ふるさとを捨てきれた人がうらやましい。私は、ふるさとを捨てきれない。愛とか情とかとはちがう、呪いのように、いまでもふるさとから離れきれない。

ふるさと、いいだろうか。私にとって、ふるさとは深い沼だ。いまはやっと半身を抜け出せているけど、残る半身はまだふるさとという沼に沈んでいる。そして、きっと完全に解き放たれることはない。

それでも、もし妻が「ふるさとがあるっていいね」と言うのなら、妻を私の「ふるさと」へ案内しようと思う。ズブズブになるまで堪能させてあげようと思う。もし妻が望むのなら、だけど。

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