文章組手第33回「心霊現象」

10.文章組手
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幽霊、信じていますか? 私は信じてる。いまの科学では見えない、解明できないけど、幽霊はいるし、大気はエーテルに満たされている。そう信じている。

小学校6年生のころ、学校の体験学習の授業で、乗鞍岳という山の奥にある青年自然の家へ連れていかれた。2泊3日の宿泊研修。

乗鞍岳は、古くから霊山として有名である。詳しいことは知らん。田舎の山のことなんか、なんも知らん。とにかく、霊山として有名である。

霊山として有名な山の奥にある、年季の入ったオンボロな施設。道は険しく狭く、街も遠く、ほぼ陸の孤島である。そんなところで2泊3日、普通に考えればなにも起こらないはずはない。

たとえば殺人とか、怪奇現象とか、なにかしら事件が起きてもおかしくはないが……とくになにも起こらず、無事帰途についた。

帰り道、列になって山道を歩いていると、谷の底でなにかが燃えているのを見つけた。青白い炎のようなものがフワフワと浮かんでいて、とっさに「山火事!?」と思ったのだが、燃え広がる様子はない。

目が釘づけになった。炎のようなものは、赤いような、青いような、白いような。燃えているような、光っているような、そうでないような。なんとなく惹き込まれるような感じがあった。

炎のようなもの、不注意な私ですら気づくくらい目立っていたのに、まわりのクラスメイトたちは誰も気づいていないようだった。

炎のようなものは炯々と燃え、輝いているのに、子どもたちの行列は淡々と進んでいく。炎のようなものに目を取られている私からしたら、異様な光景だった。

前を歩いていた女の子に「ねえ、あそこで炎が燃えてる」と声をかけると、彼女は一瞬けげんそうな顔をして、私を無視した。そう、私は女子から嫌われていたのだ。

うしろを振り返り、淡々と歩くべつの女の子に「炎が燃えてるよ」と話しかける。彼女は私から目線をそらして、舌打ちをした。そう、私は女子から嫌われていたのだ。

炎のようなものを見つめながら、山道を歩く。木の根っこや石につまづいて転びそうになったけど、なぜか目が離せなかった。そのうち、炎のようなものは私の視界から消えてしまった。

家に帰ってから、母にも「炎のようなもの」のことを話した。母はすこし心配そうな顔になって、「ほかの誰かに話した?」と聞いてきた。

私が「クラスの女の子に話したけど、無視された」と答えると、母はますます心配そうな表情になって「無視されたの?」と聞いてきた。

母が心配そうにしているのが心配になって、励ますつもりで「うん!」と元気よく答えると、母はさらに心配そうな表情になった。

「どうして、無視されるの?」母からそう聞かれた。母の表情は露骨にくもって、暗くなっていた。

そんな母を励まそうと、元気いっぱい「ボク、嫌われてるから!」と答えた。母は私を抱きしめて、耳もとですすり泣いていた。

そのあとから、不思議なできごとが続くようになる。

ある日、担任から「授業が終わったあとで学校に残るように」と言われた。(なんだろう)と思っていたら、あとからパート帰りの母が学校に来て、担任と母と私、3人で話をすることになった。

私は「乗鞍岳で、炎のようなものを見た」と話したのだけど、担任と母はまったく関係のない話をしていた。つまらなかった。

そのあと、学級会が開かれた。なぜか私は担任のとなり、教壇のそばに座らされた。私はまた「炎のようなもの」の話をしたけど、担任がしたいのはどうもその話ではなかったらしい。なんのための学級会だったかよくわからなかったけど、みんなの視線がなんとなく痛かった。

さらに、保健室へ連れていかれて、白衣を着たお医者さん? いつもの保健の先生ではない人と話をさせられた。私がその人にも「炎のようなもの」の話をしたら、なぜか「いちおう病院へ行きましょう」と言われた。

それから、病院へ連れていかれて、病院でもお医者さんに「炎のようなもの」の話をした。お医者さんは「この年ごろでは、こういうことはよくありますよ」と言って、「炎のようなもの」のことについては答えてくれなかった。

それからしばらくして、クラスの女子の何人かが、定期的に私に話しかけてくるようになった。私は女子から嫌われていたのに。

すべては、あの「炎のようなもの」を見てから始まった。あの「炎のようなもの」を見てから、母は泣き、担任は困惑し、病院へ連れていかれて、嫌われていたはずの女子から話しかけられるようになった。

私は、なにもしていない。ただ「炎のようなもの」を見ただけなのに、私のまわりの人々がにわかにざわめき始めて、女子たちが私に対して急にやさしくなった。

もしかしたら、あの「炎のようなもの」は、見てはいけないものだったのかもしれない。クラスメイトたちは「気づかなかった」のではなく「気づかないフリをしていた」のかもしれない。

そう考えると、女の子たちが私のことを無視したのにも納得できる。私が見ていた「炎のようなもの」を、彼女たちは見たくなかったのだ。見てはいけなかったのだ。

たしかに私は女子から嫌われていた。普段から女子との接点はなかったけど、露骨に無視したり、舌打ちするのはおかしいだろ。きっと彼女たちは「炎のようなもの」を恐れていたから、私を無視したんだろう。

母の涙や三者面談、学級会や病院なども、すべて「炎のようなもの」の祟りだったのかもしれない。三者面談、なにを話していたのかほとんど記憶にないけど、担任も母も深刻そうな顔をしていた。

女子から話しかけられるようになって、すこしうれしくはあったけど、正直女子と話すことなど、なにもなかった。当時の私は、ガンダムとポケモンに夢中で、安室奈美恵とかSPEEDとか、女子の好きそうなものには一切関心がなかったので。

しかし、なぜか話しかけられるから仕方がない。適当な受け答えをしていたら、また話しかけられなくなった。すこしさみしかった。

「炎のようなもの」と、その一連のできごと。あれはいったいなんだったんだろうか。いま思い出しても、不気味な記憶である。

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