理解のある彼くん

05.家庭のこと
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双極性障害(躁うつ病)という精神障害になって、かれこれ10年が経つ。10年という年月はすさまじいもので、人生にも大きな動きがあったけど、この10年で最大のイベントは結婚だろう。

3年前に、妻と結婚した。双極性障害になってから何年も経っていて、もうマトモな人生は送れない、結婚なんてもってのほかだと思っていたけど、妻は「障害のことは気にしないよ」と言って、私と結婚してくれた。

しかしながら、妻は医者やカウンセラーではない。双極性障害についての知識、どういうときにどういう症状が出てどういう状態になるかなどは説明したけど、当然ながら精神科の臨床経験はない。

2年前、双極性障害のうつ状態が悪化して、当時勤めていた会社を退職した。うつ状態なので、食事はおろか寝起きすらマトモにできない。置き物のようになった私を、妻は献身的に支えて(というか介護して)くれた。

こういう話を人にすると、「(障害に対し)理解がある奥さんでよかったね」と言われることがある。こう言われると、正直メチャクチャ頭にくる。

ハッキリ言っておくけど、妻は双極性障害について、よくわかっているわけではない。当事者じゃないから当たり前だ。諸事情で双極性障害について人より詳しかったりはしたけど、障害そのものについての理解はさほど深くない、人並みだと思う。

障害に対する理解以上に、なんの間違いか私といっしょになってしまったがために、必死に努力をして、苦労をして、私たち夫婦の生活を支えて、守ってくれたのだと思う。

双極性障害は精神障害なので、生活全般に不都合が出るし、ときには人格の問題と区別がつかないような事態も起きる。

私の場合はだけど、躁状態になればアッパーになってやりたい放題になるし、うつ状態になればダウナーになって置き物になる。とにかく気分の振れ幅が大きい。

そんな人間といっしょに生活をするとどうなるか、想像してほしい。躁状態のときにはさんざん振り回されて、うつ状態のときはとにかく手がかかって、毎日クタクタになると思う。

そんな生活を、望んでしたいと思うか? そんな生活ができるか? 私ならイヤだしムリだけど、妻はやってくれている。偉大なことだと思う。

付き合いはじめて5年くらい、結婚してからは3年くらい経つ。そりゃ、たまには怒られることもある。ただ、妻はおおむねガマン強く、私に付き合ってくれている。

イヤなことや不満は、きっと山ほどあると思う。私が妻の立場なら、きっと耐えられずにキレている。それなのに妻は、根気よく私といっしょにいてくれる。私たち夫婦の生活は、妻のガマンと忍耐の上に成り立っていると言っていい。本当にありがたいと思う。

べつに、自身の障害を卑下するつもりはない。「障害だからしょうがない」と、自分では割り切っていることも多い。ただ、自分で障害を割り切ることと、障害のせいで妻に苦労をかけることは、まったく違う問題だ。

私の障害のせいで、妻には多大な負担を与えてしまっているし、妻はいつもそれに耐えている。それなのに「理解がある奥さんでよかったね」の一言で済まされてしまうと、私は頭にくる。たぶん妻はもっと頭にくると思う。

「理解がある」だけで、そこまでできるだろうか。私と妻の関係、理解というよりは、妻の献身・自己犠牲に近い。私と結婚してしまったばかりに、妻の人生はメチャクチャになっている。こんな私に付き合わせてしまって、いっしょになってしまって、本当に申し訳ないなと思っている。

SNSとかで、障害当事者のパートナーについて「理解のある彼くん」という文字列が揶揄的に使われているのを見かける。そのたびに、心の底からイラッとする。理解だけじゃないんだよ。理解の後ろには、忍耐や献身、大きな自己犠牲が隠れているんだよ。

精神障害者をパートナーにすることは、とても大変なことだ。健常者どうしですら、うまくいかないときはうまくいかないのに、障害者、それもわけのわからない障害を持った相手と付き合い続けるのは、とても大変なことだと思う。

私は恵まれている。妻が、私の障害に対して理解があるのかないのかはともかく、妻は私といっしょに生活をしたいと言ってくれている。そういうパートナーと出逢えた時点で、私は恵まれている。

パートナーを得た障害者をうらやんだり、ひがんだりする気持ち、わからんでもない。ただ、それは揶揄していいような軽い関係ではないんだよ。「理解のある彼くん」は、美しい愛とともに、激しい苦痛や忍辱にまみれているはずなんだよ。

私も、妻と死ぬまでいっしょに生活をしていきたいと思う。同時に、妻には妻の人生を楽しんでほしいとも思う。そのためにも、あまり手のかかる夫でいるわけにはいけない。妻の「理解」に甘えていてはいけない。

最近やっと、ある程度のセルフコントロールができるようになってきた。まだまだ至らない点は多いけど……これからも妻といっしょにつつがなく生活していくために、障害をコントロールしていきたいし、コントロールしなければならない。

双極性障害は障害なので、基本的には治らない。一生付き合っていかなければならない、困っちゃうんだけど、障害が原因で妻にこれ以上の苦労をかけたくない。

いまは妻に尽くしてもらっている。でも、与えられるばかりじゃダメだ。夫婦として、きちんと支え合って、助け合って生きていけるようになりたい。

私を助けているものは、理解じゃない。深い愛や献身や自己犠牲だ。私の妻のことを「理解のある奥さん」で片付けないでほしい。

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