10年前に戻りたい

04.じんせいのこと
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最近にかぎったことではないけど、たまに「10年くらい、時間が戻らないかなあ」と考える。

この「10年」という時間には、ちゃんと意味がある。「キリがいいから」「10年で一区切りだから」とか、そういう理由ではない。私が双極性障害(躁うつ病)になったのが、ちょうど10年前だから。

10年前、25歳の初夏のころ、はじめて精神科にかかった。当時は会社員。精神科にかかる半年くらい前から、ずっと不眠が続いていた。だましだまし働いていたけど限界がきて、会社の寮で倒れた。

いくつかの病院を回って検査をしたけど、身体にはたいした異常が見つからず、最後に訪れたのが精神科だった。そこで「抑うつ状態」の診断を受けて、療養に入り、そのあと「双極性障害」に診断名が変わった。

双極性障害の診断を受けたあとは、なんというか、目の前が真っ暗になった。抑うつ状態なら、服薬と療養で早期に寛解することもあるけど、双極性障害の場合は治療のために長い時間がかかるし、一生治らない場合もある。

私の場合はだけど、双極性障害の気分の波はかなり大きい。躁状態のときは、まわりもかえりみず突飛なことをして、他人に迷惑をかけてしまう。うつ状態のときは、ほぼ死人みたいになって、他人の手をわずらわせてしまう。

双極性障害は、躁状態とうつ状態とを行ったり来たりする。一生この気分の波に振り回されるのかと思うと、10年前はもう絶望モノだった。双極性障害についてある程度飲み込めたいまでも、やはりすこしイヤな気持ちになる。

「双極性障害にさえならなければ」「もっと早く対処していれば」そんなことを、何度も考える。考えても仕方のないことだとはわかっているけど、考えざるをえない。

双極性障害になる前となった後で、生活は一変してしまった。とりあえず、ムリが効かなくなった。

たとえば仕事が忙しいとき。根を詰めすぎると、変なギアが入って躁状態になり、仕事に没頭しすぎてしまう。かと思えば、その過労がたたるのか、こんどはグッタリとしたうつ状態になる。

遊びにしてもそう。楽しくなってくると止まらなくなって、遊びすぎてしまう。そして後日、その反動でうつ状態になる。万事この調子である。

なにごとも「ほどほど」にできない。最近やっとセルフコントロールができるようになってきたけど、双極性障害になってからほぼ10年、気分の波に振り回されっぱなしだった。

気分の波のセルフコントロールができるようになって、気がついたこと。双極性障害になってからは、もう病前の自分ではない、別の人間になってしまっていたということ。

まず、生活習慣がガラッと変わっていた。双極性障害になる前は、深夜までなにかに没頭したりすることもあったけど、いまは躁転・うつ転のリスクがあるから、しないしできない。努めて早寝早起きしている。

向精神薬を飲んでいるので、お酒もやめた。躁状態の浪費を抑えるために、現金はあまり持たないようにしている。食事の量も意識的に制限している。病前と変わらない習慣といえば、喫煙くらいだろうか。喫煙は、早くやめたいけど……。

病気によって、体質も変わった。さっき「早寝早起きに努めている」って書いたけど、努めないと早寝早起きができなくなった。気を抜くと、すぐ不眠・過眠におちいる。

気分の波も、あいかわらずある。いまは平常運転か、それとも躁状態かうつ状態か。できるだけ自分を客観視するようにはしているけど、完全に把握するのはなかなかむずかしい。

体力も落ちた。躁状態っぽいときは過活動気味になってしまう、コレは以前からなんだけど、30歳を過ぎたころから、体力のリカバリーがきかなくなってきた。躁状態で過活動気味になっていた日の翌日は、決まって寝込んでしまい、結果的に生活リズムがハチャメチャに乱れてしまう。いい塩梅で活動して、いい塩梅で休む、コレがいまだにできない。

私は、新卒で地方銀行に入った。「半沢直樹」というドラマがありますね。20代前半は、リアルにあのノリで仕事をしていました。朝から晩まで働き詰め、ストレスフルな案件を抱えて、上司からなじられる日々。双極性障害になって、30歳を過ぎたいま、当時とおなじ環境で働いたら、たぶんなんらかの原因で死ぬと思う。

話がだいぶんそれてしまった。20代という、人生でいちばん輝かしいであろう時期の大半を、双極性障害のせいで失ってしまった。そういう思いが常にあり、「私の10年、返せよ」という気持ちになってくる。

20代前半のころ、学生・新社会人だったころは、サークル活動や学業や仕事に全力をかたむけることができたし、常に100点のパフォーマンスを目指すことができた。がんばっている自分が好きだったし、がんばりを評価されるのがうれしかった。

双極性障害になって、最近ようやく自覚が出てきたんだけど、いまは100点を目指すのはマズい。上がりすぎると躁状態になるし、うつ状態のときは「なんで100点とれないんだろう……」という気持ちになって落ち込んでしまう。「がんばれない」し、「がんばらない」ようになった。いまは、常に65点くらいを目指すようにしている。65点で満足すること、気持ちは穏やかだけど、すこしさみしい。

病前の自分に戻りたい。私の10年、返してほしい。双極性障害になる前の、多少のムリではビクともしない自分に戻りたい。

閒(あわい)の鈴木悠平さんが「診断は『点』であり、服薬生活は『線』」とおっしゃっていた。私のこの10年の病気生活を一本の線だとするなら、10年前に突如打たれた「双極性障害」という点を、なかったことにしたい。そんな忸怩(じくじ)たる思いがある。

ただ、この10年、双極性障害になってからの10年間がまったくムダだったか、すべてを悔いているかといえば、全然そんなことはない。10年間でいろんなできごとがあって、いろんな出会いがあって、いろんな変化があった。もちろん好ましいものごとばかりではないけど、私は私なりに、私の人生を生きてきたという自負はある。

双極性障害になっていなかったら、どういう人生だったのだろうか。ときどき考えるんだけど、あまり想像がつかない。というのも、双極性障害になってからの10年間、大小の波こそあれワリと充実していたし、いまはいまでとても幸せなので、「もし」を考える余地があまりない。

双極性障害がつないでくれた出会いや機会もたくさんあるので、一概に「障害にくし」というわけでもない。双極性障害とともに生きてきた10年間を否定すること、私にはとてもできない。双極性障害、なってよかったのか悪かったのか、心中複雑である。

もし「10年前に戻って、双極性障害をなかったことにできる」と言われたら、どうしようか……そんな話はありえないし、ありもしないことで悩むのはバカバカしいとわかってはいるけど……この10年の重みを噛みしめてもなお、「10年前に戻りたい」と思ってしまう自分がいる。私にとってのこの10年の意味を、ずっと考えている。

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