私は怒りっぽい

04.じんせいのこと
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私は怒りっぽい。昔から怒りっぽいんだけど、双極性障害(躁うつ病)になってから、ますます怒りっぽくなった。

ここ2週間くらいも、いつもほんのりイライラするというか、つねに怒りみたいなものを感じるようになった。たぶん躁状態の前ぶれなんだろうと思い、お薬を飲んでおとなしくしている。

ここ2週間、いつもイライラしている・つねに怒りを感じているのだけど、怒ることはあまりない。というか、まったくない。怒りの原因が躁状態によるものであると、だいたいわかっているので。

双極性障害なので、気分が変化しやすい。いまはうっすら怒っているけど、楽しくなりすぎてしまうこともあるし、気分がダウナーに入ってメソメソしてしまうこともある。

双極性障害なので、気分に振り回されやすいのだけど、イチイチ気分に振り回されていてはマトモに生活していけない。なので、気分が変化したときは、つねに自分を俯瞰するようにしている。

平板な生活を送っているので、よくも悪くも気分が変わる要素はすくない。大好きなSNSも、意識的に避けている。それでも気分が変わるということは、内因性のなにか、双極性障害の症状が出ていると見て間違いない。

最近は、なんか怒っている。ワケもなく怒りっぽくなっている。こういう主観的な変化、自分から見た自分の感情に注意を向けるのが、まずひとつ。

最近の生活を見直してみる。睡眠のリズムが乱れており、睡眠時間が短い。食事量は変わりないけど、間食がおおい。外出の頻度・遊びに行く回数も多く、過活動気味で、いつも疲れている。こういう客観的な変化、第三者視点から見た自分の変化に注意を向けるのが、ふたつ。

ふたつの点に注意を向けると、いま感じている怒り、気分の変化の原因は、おそらく生活の変化であることがわかる。原因がわかったところで、すぐになにか手を打てるわけではないけど……すくなくとも「だれか」や「なにか」に対して怒っているわけではないことがわかる。

だれかやなにかに怒っているわけではないので、だれかやなにかに怒りを向けるのは筋違いだということもわかる。なので、どれだけイライラしようと、たとえばつれあいに対して怒りを向けたりはしない。八つ当たりはダサいので。

私が怒りっぽいのは昔から、なにかにつけてすぐ怒るのが私だったんだけど、最近は怒りを表す前にかならず「だれの、なにに対する怒りなのか」を具体的に考えるようにしている。

双極性障害になる前は、私の怒りは妥当なものだった(と思う)。しかし、双極性障害になってからは、気分の変化にまかせて、無意味に怒ることもある。

怒ってばかりいると、社会生活が立ち行かなくなる。怒ってばかりの人、見ていて不愉快だ。怒ってばかりの人からは、人も離れていく。なので最近は、自分の怒りが妥当なものかについて、つねに注意を払っている。

私の場合はだけど、躁状態になると喜怒哀楽が激しくなって、いつもにまして怒りっぽくなる。ふだんならどうでもいいことに対しても、ついカッとなってしまう。

最近は、カッとなって怒る前に、「ソレ本当に怒るようなことか?」と、何度も考える。

カッとなったらあえて一歩引いて、自分の感情をモニタリングしてみる。うん、いま自分はカッとなっているな、怒っているな。じゃあなんで怒っているんだろう。メシは食ったか? 眠れているか? 疲れていないか? そんなことを自問自答する。

万全の状態で怒っているときは、素直に怒る。もとから怒りっぽいのはともかく、カッとなって怒ることは決して不健全なことではないので。

万全の状態ではないとき、たとえば空腹や睡眠不足、疲労を感じているときは、怒らない。躁状態やうつ状態になりかけている可能性があるので。

双極性障害なので、自分のナマの感情が信用できない。「カッとなる→怒る」という自然なプロセスが信用できない。つねに自分の感情をモニタリングして、「正しい」と判断した怒りしか表に出せない。

べつに双極性障害じゃなくても、カッとなったそのままの怒りが正しいとは限らない。なにかイヤなニュースにふれて、気分が高潮している可能性がある。気分が高潮していると、正常な判断が働かないことがおおい。偏見や嫉妬などによる不純な怒りもある。怒る前には、一歩引いて自分を俯瞰したほうがいい。

SNSとかで怒りまくっている人がうらやましい。私もあれくらい素直に、ナマの怒りを出したいものだ。しかし、私の場合はナマの怒りの妥当性が低いので、素直に出してはいけない。

つねに自分の感情をモニタリングすること、ダルいし面倒くさいのだけど、ナマの怒りをそのまま出してしまうのはよくない。余計な軋轢や揉めごとを生むし、人を不快にさせるおそれもある。

私はもともとメチャクチャ口が悪いので、ナマの怒りをそのまま表現してしまうと、間違いなく人を傷つけてしまうし、人に嫌われてしまう。なので、怒りの製造直売ではなく、感情のモニタリングでひと工程おいて、オブラートにつつむ必要がある。

怒ってばかりのひと、イヤでしょう。すくなくとも私はイヤだね……なので、怒ってばかりの人にはなりたくない。なので、怒りを表すときには、その怒りに妥当性や根拠はあるのか、だれのなにに対する怒りなのかを、具体的に考えるようにしている。

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