間抜けな俺は

04.じんせいのこと
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先日、年甲斐もなく徹夜してしまった。いっしょに飲んでいた友人が「終電がなくなった!」と言ったので、「それなら俺も!」と、勢いで朝まで遊んでしまった。

変わったことは、べつになにもしていない。飲み屋を何件かハシゴして、カラオケ屋へ行って、だべって、おわり。

帰り際、友人は駅の便所でゲロを吐いていた。私は禁酒中でお酒を飲んでいないのでシラフ、なんか申し訳なくなって、ポカリを差し入れた。

上野から山手線に乗って秋葉原まで行く。そこで友人と別れた。彼はキチンと家まで帰れたのだろうか。いまもそれが気がかりだ。

秋葉原から総武線に乗り換えて、最寄り駅に着いた。時刻は6時前。駅のホームから見上げる空はまだ暗かったけど、うっすらと朝日が差しているのか、漆黒から深い藍色に色を変えていた。

人影まばらな駅を、ゆっくりと歩く。駅舎を出て、家路に着く。身体がだるく、歩みは重い。ちんたらちんたら歩いているうちに、すこしずつ、すこしずつ空が明るくなっていく。

濃紺だった空の端に朝日が溶けだして、淡い桃色のような紫色のような緑色のような、複雑なグラデーションを描いていく。

朝焼けがとてもキレイだったので、写真に収めたいなと思ったけど、やめた。刻一刻と変わる空の色は連続でとらえるべきで、写真で一瞬を切り取るべきではないと感じた。

普段は10分弱で終わる帰り道だけど、たっぷり20分以上かけて帰った。朝焼けがとてもキレイだった。あと、身体がメチャクチャだるかった。

自宅最寄りのコンビニに着くころには、空の半分くらいは明るい朱に染まっていた。残りの半分からも、夜の色は消えていた。コンビニで、冷たい飲み物を買った。冷えきった身体が、いっそう引き締まるように冷えた。

朝日を見るのはひさしぶりだった。それもそう、私は健康第一を旨として、早寝早起きを心がけているので。徹夜は健康の敵だし、明け方は大抵キチンと寝ているので。

ひさしぶりに朝日を見て、空の色はこれほど鮮やかに変わるのだと知った。朝日を見るのははじめてではないけど、いつもはじめてのような感動がある。

私がちゃんと見てないだけで、太陽は毎日昇って、毎日沈んでるんだよな。当たり前のことかもしれないけど、たまにこうして目の当たりにすると、なんか特別な感じがする。

重い身体を引きずって、マンションのエントランスをくぐり、階段を登る。本当にだるい。ズルズルとナメクジのように階段を登るあいだにも、朝日はじわじわと夜を冒していく。部屋に着いてシャワーを浴びて、窓の外を見る。空の色は、すっかり朝になっていた。

どこか遠くへ出かけたわけではない、電車で30分の場所で徹夜して帰ってきただけなんだけど、一夜を明かしただけで、世界が違って見えた。

慌ただしく顔色を変える明け方の空、澄んだ空気、静まり返った駅のホーム、白から青になった友人の顔面、なにもかもが目まぐるしくて、世界は常に移ろっているのだということを思い出した。

空の端からジワジワとにじみ出る朝、宵闇が空から追い払われていく。ほんの30分くらいだったけど、生きている、死んでゆくと感じた。

間抜けな俺は、こんな大切なことをすぐに忘れてしまう。多分、また明日になれば忘れてしまって、昨日までと同じく、漫然とした日々を送るんだろう。

俺は間抜けだということを、忘れないようにしたい。だからたまにこうして朝日を見て、生きている、死んでゆくことを確認したい。

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