死にたいと駆け込んだ喫茶店で

04.じんせいのこと
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死にたい。いま死にたい。すぐ死にたい。なんでかよくわからないけど、とにかく死にたい。

ひとりで家にいたらすぐにでも死んでしまいそうだった。死にたくないので、とっさに喫茶店へ駆け込んで、アイスコーヒーを飲んでいる。

きょうはとても寒い。たっぷりと氷が入ったアイスコーヒーが、とても身体に染みる。トイレに駆け込んで、2回下痢をした。コロナのせいか、店内に客はまばら。できるだけ人がたくさんいる、にぎやかな場所で死にたさをまぎらわせたかったのに、アテが外れた。

となりの席で、お年寄りがふたりで話をしていた。おじいさんとおばあさんの二人組。歳をとると耳が遠くなるせいか、話し声がバカみたいに大きくなる。タバコの煙とともに、話の内容が流れて聞こえてくる。

おばあさんは80過ぎ、この近くに住んでいる。義母の介護のために仕事をやめて、家の近くでスナックを開いているらしい。娘がふたり、息子がひとりいる。離婚していて、女手ひとつで3人の子を育てたと言っていた。

血のつながりのない義母の介護のために、人生の大半を捧げた。おばあさんはそう話していた。義母の介護のために仕事をやめて、どこへ遊びにも行けず、なにも楽しいことはなかったと。たまに電車に乗ると、まわりの人たちがあまりにも幸せそうに見えて、まぶしくて、つらかったと言っていた。

おばあさんの娘は、若いころに何年間もストーカー被害にあったらしく、おばあさんも家に嫌がらせの電話を受けたり、警察へ何度も相談に行ったりして、大変苦労したと話していた。

おばあさんの息子さんは、いささか放蕩息子だったようだ。車の免許を取るために渡したお金をギャンブルに使ってしまったり、家の頭金をおばあさんにせびったり、これじゃあ死ぬまで手がかかると嘆いていた。

おじいさんも80過ぎ。おじいさんはおじいさんで、最近息子さんが亡くなったらしい。息子さんはまだ53歳だったけど、ひとりで住んでいたアパートで、ひとりで亡くなったと言っていた。

息子さんは、バイクが好きだったらしい。亡くなる1か月前に、新車のバイクを買ったばかりだった。息子さんが亡くなって、おじいさんがバイクの買い取りを業者に頼んだ。20万円で買った新車のバイクの買取価格は、0円だったと話していた。

息子さんの部屋からは、未開封の家電やらなんやらが山のように出てきたらしい。おじいさんの奥さんは「もったいないから」と言って遺品を引き取ろうとしたが、おじいさんはそれを制止して家財を処分したという。

おじいさんと息子さん、仲はよくなかったらしい。25年以上音信不通だったと言っていた。息子さんが亡くなって、滞納されていた税金などを代わりに払わなくてはならなくなった。その段階になってやっと「アイツも生きてたんだなあ」と気づいた。そう語っていた。

おじいさんは淡々と、おばあさんは声をすこし震わせながら、ワリとデカい声でお互いの身の上を語っていた。「なにも楽しいことはなかった」おじいさんもおばあさんも、何度もそう言っていた。

となりの席に座っているふたりの顔を、ちらりと見てみた。白くなった髪の毛、垂れたまぶた、ゆるんだ口もと、色あせて白くなった肌に浮かぶシミ。ふたりでおしゃべりをしているはずなのに、お互いがお互いを見ていない。ふたりとも、どこか遠いところを見ているようだった。

80余年生きてきたふたりの人生がどんなものだったのか、私の想像力はおよばない。しかしはたから話を聞いていると、早めに死んでしまったほうがラクそうな人生。苦労ばかり負って、後悔ばかりして、そこに幸せはあったのだろうか。

そして、やっぱり死にたくなった。私がふたりとおなじ年齢になるまで、あと50年くらいある。50年、とても長い時間だ。いままで生きてきた時間よりも、はるかに長い時間。想像がつかない。そして、おじいさんとおばあさんの話を聞く限り、あと50年は苦労を負い続けなければならないし、残るものは後悔だけ。

おじいさんとおばあさん、なにを考えて80余年も生きてきたのだろうか。苦労ばかりの人生で、後悔ばかりの人生で、なにをよすがにして、きょうも生きているのだろうか。おじいさんとおばあさんの苦労話を聞きながら(この人たちはなぜ生きているんだろう)(さっさと死んだほうがラクじゃないか)と思っていた。

ただ、おじいさんとおばあさんがいまでも生き続けている以上、私の知らないなにかがあるのかもしれない。私には見えていない、生きるよすががあるのかもしれない。たとえば、夜空の雲の向こうに星があるように。

おじいさんとおばあさんは、話の途中で何度もため息をつきながら、ときどきこぼれるような笑い声を上げていた。「あたしたちってホント馬鹿よね」そんなことをつぶやきながら、自分たちのことを嘲るように、それでも笑っていた。

「死にたい」と思う反面、「死にたくない」と願う。「消えてしまいたい」と思う反面、「ここにいたい」も願う。「生きる意味はない」と思う反面、「なにかのために生きていたい」と願う。なぜかはわからないけど、強くそう願う。

私も、おじいさんとおばあさんのようになりたいと思う。苦労ばかりでも、後悔ばかりでも、死ぬまで生きて、「これが私の人生だ」と言って死にたい。

おじいさんとおばあさんは、大きなため息をつきながら席を立ち、ふたりで店を出ていった。それからすこしして私も店を出た。強い風が吹いていて、夜空をおおう雲が西から東へ流れていた。

おじいさんとおばあさんが生きてきたように、私も生きていきたいと思う。生きていたい。その願いだけ抱いて、星のない星空を見上げている。

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