成人式

05.家庭のこと
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意外に思われるかもしれないけど、成人式には参加している。着慣れないスーツを着て、地元の自治体が主催する式典に出席した。中学時代の同級生たちといっしょに、式へ参列した。

成人式自体の思い出は、あまりない。市のホールに集まって、市長の挨拶を聞いて、新成人代表が「成人としての自覚を持って~」みたいな決意を述べて、あとは写真を撮って終わりだったと思う。

式が終わって、着替えなどをしてから、記念の二次会(飲み会)が開かれた。参加者は30人ほど、成人式の二次会としてはささやかなものだと思う。

新成人のなかには未成年も混ざっているので、本来は飲み会なんてしちゃいけないんだけど、田舎はお酒を飲むくらいしか娯楽がないから仕方がない。

幹事はA君。昔からクラスの中心だった男の子。A君の乾杯の音頭とともに、みなめいめいにお酒を飲み始めた。

みんなまだ19、20歳4だったけど、ひさびさに会う人も多いためか、昔話に花が咲く。みんなまだ若いくせに、小学生・中学生のころを思い出しながら「ウチらも若いころはさ~」みたいな昔話で盛り上がっていた。

話は変わるけど、私は中学校に進学するころ、13歳のときにこの自治体へ転入してきた。田舎の小さな中学校で、1学年1クラス30人、全校生徒も100人足らずしかいない。

転校してすぐのころに、A君をはじめとするクラスの中心人物から目をつけられて、何度もいじめの標的になった。毎日彼らの機嫌を損ねないよう、彼らに目をつけられないように必死だった。

女子のいじめは陰惨かもしれないけど、男子のいじめは壮絶だ。これはあくまで聞いた話ですけど、野球のバットで殴られたり、廊下でいきなり飛び蹴りをされたり、技術科で使う角材でぶたれたり、体育マットで簀巻きにされたり、手に手芸用の針を刺されたりするらしいですよ。涙が出てくるし、往々にして血やその他の体液が出てくることもあるらしいです。これはあくまで聞いた話ですが。

クラスはといえば、当時流行っていた学級崩壊の状態にあって、授業どころではないメチャクチャなありさまだった。勉強に集中できないどころではなく、勉強ができない。これは私世代の中学校だとあるあるだと思うんだけど、教科書や資料集が教室の空中に飛散していたし、机の上を歩き回る生徒もいた。

ある教員は「お前らのクラスは幼稚園だ」と言っていたけど、それは幼稚園に失礼だと思う。例えるならサル山とかが似つかわしい。それでもサル山に失礼かもしれない。担当教員は新任の女性教諭だったけど、途中で心身を壊し、1年もたずして退職してしまった。

そんなんだから、中学時代にはいい思い出がほとんどない。成人式に出席するかどうかも、ギリギリまで悩んだ。率直に言えばメチャクチャ行きたくなかった。しかし「みんなの輪」にこだわるA君たちから、事前に「来いよ」と言われていたので「出席しない」という選択肢はなかった。

二次会では、A君をはじめクラスの中心だった人たちが、美しい思い出を語るように中学時代を振り返り、「俺らの代は最高だった」なんて盛り上がっていた。

私はといえば、美しい思い出をなにひとつ持っていない、最低な思い出しか持っていなかった。だから彼らの会話に混ざることも、あいづちを打つことすらもできず、テーブルのすみっこでちびちびとお酒を飲んでいた。

A君は、ひとりぼっちで陰気な顔をしながら舐めるようにお酒を飲んでいた私にも、親しげに声をかけてくれた。A君は優しい。私を成人式に誘ってくれたのはA君だ。

中学時代も私がクラスにひとりでいると、A君がよくいじってくれたことを思い出す。A君はプロレスが好きで、私にプロレス技をかけるのが趣味だった。何度か技をかけられて、肩を脱臼しかけたり腕を骨折しかけたことがある。

A君の顔を見て、声を聞いていると、中学時代の最低な思い出の数々がフラッシュバックして気分が悪くなる。ただ、A君の機嫌を損ねるのがいまでも怖い。どうしても彼の顔色をうかがってしまうし、ヘラヘラと媚びへつらってしまう。

A君とは5年振りだけど当たり障りのない話ができた、この日はこれだけでも自分を褒めてあげたかった。去り際にA君から「やっぱ地元のツレが最高だよな!」と言われた。私はヘラヘラしたまま「そうだね!」と答えた。気分は最低だった。

歪んでいると思ったし、不快だと感じた。一口に「地元のツレ」とは言うけれど、A君たちにとっては最高で、私にとっては最低な地元の中学時代だった。A君と私とではなにもかもが違うのに、勝手に仲間意識を持たれても困る。

それに、「地元のツレ」と言うワリにはなんだ、成人式に集められた私たちは、しっかり中学時代の続きをやらされているじゃないか。二次会では、A君たちはキレイな思い出の中でも最高な部分だけを咀嚼して、そして私は残飯みたいに惨めで最低な思い出ばかりを反芻させられて、これじゃあまるで中学時代とおんなじじゃないか。私たちは「地元のツレ」なんじゃないのかよ、なあ。なんなんだ、これは。

メチャクチャになったクラスのなかで、何度となくいじめの標的になった。泣くまで暴力を振るわれ、泣いても許してもらえなかった。怪我をしたこともよくあった。誰にも言えずに泣き寝入りした。いじめはわが母校の文化みたいなもので、毎年・毎学年おなじことが起こる。私は長男だから我慢できたけど、学年違いの弟は次男だから我慢できなくて不登校になった。

A君たちに対して、学校に対して、中学時代に対して、卒業から5年経ってもまだ怨嗟に似た思い出ばかりを抱えていた。なのに、無邪気に「中学のころは楽しかったな」と言われても困る。私は楽しくなかった、楽しくなかったのだ。「地元のツレは最高だよな」と言われても困る。A君にとっては最高でも、私にとっては最低なんだ。

5年の歳月を経て、「中学生だった私たち」の姿は歪められてしまった。私たちのクラスにはいじめなんてなくて、暴力なんてなくて、仲よしな「みんな」がいて、青春の汗と涙があって、友情があって、キレイな思い出だけがあった。きっとそれがA君たちにとっての真実なんだ。

A君たちにとっては、いじめなんて取るに足らない些細なことで、そのために過去をごまかしたり、事実を歪めたり、罪を隠したりしているつもりはまったくないんだろう。本当に、本当に忘れているだけ。本当に、美しい思い出だけしか覚えていないんだろう。

A君たちが語る美しいだけの思い出に向かって「それは違う」と言いたい気持ち、ないわけではなかった。ただ、きっと言ってもムダなんだろうな。A君たちにとっては、いじめも暴力も全部なかった、それが真実なんだから。私の言い分が真実であるとも限らない。無力感みたいなものが勝ってしまって、強く訴える熱意もなく、なにも言えずにただただヘラヘラしていた。

私はあいかわらずあいまいに笑ったまま、A君たちが話す「俺たちみんなの思い出」を聞いていた。体育祭、合唱コンクール、文化祭、クラスの「みんな」で成し遂げたことの数々を聞いていた。「私は『みんな』ではない」「私は『みんな』とは違う」心のなかでそう念じることが、私のできるせめてもの抵抗だった。

ひとりだけ、成人式に来なかった同級生がいる。B君、たぶん私たちのクラスのなかで、いちばんひどいいじめにあっていた。B君はプライドが高く、いじめに対しても毅然とした態度を取っていた。間違っても、私のようにヘラヘラとしてやり過ごしたりしていなかった。

私は、B君がうらやましかった。「みんな」の輪から敢然と抜け出したB君のことをカッコいいと思った。「Bはなんで来ないんだ」ことさらに「みんな」を大切にするA君たちは、そう言ってその場にいないB君のことを責めていた。

私が成人式で得たもの、5年という年月を経て生じた人間関係の歪さ、ねじ曲げられた思い出への不快さだけだった。B君は賢い子だったから、きっとこういうものが嫌で成人式を欠席したんだろうと思う。

成人式に参加した私と、欠席したB君、どちらが正しかったのかはわからない。私も成人式を欠席すべきだったのかもしれない。私はバカだから、ノコノコ出席してしまい、まんまとイヤな思いをした。

タクシーに乗り合わせて帰宅するまで「中学時代」は続いて、家の玄関をくぐった途端にどっと徒労感が押し寄せてきた。母から「楽しかった?」と聞かれたので、「楽しかったよ」と答えたら、母はとても嬉しそうな顔をしていた。それがその日の救いだった。

成人式の日に覚えた歪さと不快さは、いまでも忘れられない。「地元のツレ」に対する歪さを感じることができたのも、歪められた思い出に対して不快さを感じることができたのも、私が私の感受性を大切に守ってきた証拠だと信じている。

私には、歪さを正す勇気・不快さに立ち向かう勇気はなかった。ヘラヘラしてごまかすことしかできなかったけれども、すくなくとも歪さや不快さを感じられることで、自分が感じることをやめていないとわかる。

歪さも不快さも、成人式に出席したからこそ確認できたものだ。この感覚は、成人式に出席しなかった勇気あるB君にはわからないだろう。「私はもうここには属したくない」「私はもうここにはいたくない」それがわかっただけでも成人式に出席してよかったし、結果的に地元を離れるきっかけにもなったのでなおのことよかった。

もしあそこで歪さや不快さに気づかず、あるいは歪さや不快さを無視して「地元のツレ」に加わり続けていたら、どうだろう。それはそれで幸せだったのかもしれない。だけど、多分ずっと違和感をおぼえたままだっただろう。

歪んだ「みんなの輪」のなかで、都合の悪いことは排除しながら、過去の自分自身すらも排除して生きていたんじゃないか。自分たちにとって都合よく歪められた、ピュアで心地よい、そして限りなく狭い世界のなかだけで生きていく。たとえそれが幸せだとしても、私はそれを望まない。

「地元のツレ」に限らず、人同士が長年付き合っていると、大なり小なりどこか歪んでくるし、不快さを生み出してくる。歪さや不快さがすべて悪だとは思わないけど、だからといってすべて飲み込むべきだとも思わない。

歪さや不快さへの感受性は失わないようにしたい。その場の歪さを正すのは難しいし、不快さを取り除くことは難しい。人間関係は難しいので、だいたいの場合において私たちはなにもできない。ただ、なにもできなくても、歪さや不快さに気づくだけでいい。歪さや不快さに気がつかず、その場に身を置き続けても、きっと不幸しか待っていないから。

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