文章組手第27回「ラーメン」

10.文章組手
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私の地元は、岐阜県の飛騨高山という土地。

飛騨高山には、「高山ラーメン」という、ご当地ラーメンがある。

高山ラーメンは、地元では単に「中華そば」と呼ばれる。「高山ラーメン」という呼称が使われるようになったのは、昭和の初めごろらしい。

高山ラーメンの特徴は、主にふたつ。

ひとつは、細くちぢれた麺。

もうひとつは、鶏ガラベースの、アッサリとした醤油スープ。

スープはわりと薄味で、本当にアッサリとしているが、細いちぢれ麺によく絡むので、しっかりと味わうことができる。

高山市内には、高山ラーメンを提供する店が、約30店舗ほどあるらしい。

有名なところだと、板倉、つづみ、豆天狗、甚五郎。店によって、味は異なる。

私は、高山市内にある、高砂(たかさご)という中華そば屋が好きだった。

高山市のはずれ、国道41号線沿いにあるのに、駐車場がめちゃくちゃせまい。

高山ラーメンといえば、地元では「観光客の食べもの」なのだが、他県ナンバーが高砂の駐車場へ入ろうとして、悪戦苦闘しているのをよく見かけた。

個人的に言えば、高山ラーメン自体は、あまり好きではない。薄味だし、物足りなさを感じる。鶏ガラベースの醤油スープだから当然なのかもしれないが、本当に鶏ガラ醤油の味しかしない。

大学進学とともに名古屋へ行って、はじめて高山ラーメン以外のラーメンを食べたときには、「醤油以外の味がする!」と感動した。

それでも、高砂だけは、帰郷するたびに寄っていた。

私の父も、高砂の中華そばが好きで、よく連れられてきたので、「ふるさとの味」になっていたのかもしれない。

高砂の中華そばも、他の高山ラーメンとおなじく、鶏ガラ醤油スープに極細のちぢれ麺。ただ、他店と比べると、少しスープが濃いめで、また「うまみ」が強かった印象がある。

よく行っていた中華そば屋なのに、味は「印象がある」というのには、理由がある。

ひとつ、もう3年くらい行っていないので、味のことをよく覚えていない。

ふたつ、ある時期を境に、味がすっかり変わってしまった。

高山ラーメン、もとが薄味なので、どの店で食べても、スープはだいたい似たような味がする。

そのなかで、高砂のスープだけが、少しとがった味だった。それが好きだったのだが、ある時期から、スープが本当に「高山ラーメンのスープ」になってしまった。

あと、麺も変わった気がする。以前は、細いながら食感のしっかりした麺で、これも他店とは違うところだった。

それが、ある時期から、柔らかめの麺になって、これもまた「高山ラーメンの麺」になってしまった。

最近では、高山ラーメンの店も、差別化戦略をとりだしていて、味に個性をつけたり、つけ麺を始めたり、果てはラーメン二郎にインスパイアされた店もある。

昔の高砂の中華そばは、味だけで十分に差別化できていたと思うのだが、高山ラーメンに寄せてしまったのだろうか、かえって個性が死んでしまった気がする。

飛騨高山は、観光客の街だ。主要産業は観光、年間200万人以上の人が、観光に訪れる。

高山ラーメンは飛騨高山の名物だし、高山ラーメンを目当てに飛騨高山を訪れる人も多い。

なので、「中華そば」ではなく「高山ラーメン」を選択した高砂は、間違っていないのかもしれない。

しかしながら、個人的には「故郷の味」が失われてしまったような気がして、少しさみしい。父にも「最近行ってる?」と聞いてみたが、やはり一時期から行っていないとのことだった。

飲食店の8割が、5年以内に廃業すると言われるなか、私が子供のころから、いや、その前から、ずーっと営業を続けている高砂はすごい。

きっと、たゆまぬ努力、たゆまぬ工夫があったんだろう。

私が気づいていなかっただけで、過去にもスープや麺が変わったことがあったかもしれないし。

それに、「変わらないでいてほしい」と思うことは、きっとワガママなんだろうな。

高砂に出資しているわけでもなければ、売上にもまったく貢献していない。

ただ、たまに行って「変わらないでいてほしい」と思うだけ。個人的な願望でしかないから、なにも言えない。

街も人も変わっていく。子どものころと比べれば、高山市の景色もまったく変わった。高層ホテルがたくさん建ったし、駅舎も新しくなったし、ゲストハウスが増えたし、市街地のテナントも新陳代謝を繰り返している。

私も、飛騨高山を離れて久しい。思い出のなかにある故郷の街の風景は、現実には、もうない。思い出の風景と現実の街並みとは、年々かけ離れていく。

記憶のなかの街並みが消えていく寂しさはあるが、「古きよき街の景観を守ろう!」なんてことは、とても言えない。

街は、今そこで生きている人のためにある。私は、たまに帰省して、移ろいゆく街の姿を、ただ眺めているしかない。

高砂の高山ラーメンは、飛騨高山の「今」の味なのかもしれない。私は、古い街の記憶のなかに取り残されている。

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