一人旅のこと

06.旅行のこと
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一人旅が好きだった。

旅行に対してそれほどの熱意は持ってなかったし、まとまった時間が取れないと旅行へ行く気にならない気質だから、頻繁に一人旅をしていたわけではない。諸事情で国内中心だけど、それでも沖縄以外の地域なら、大抵一人で行ったことがある。

はじめて一人旅をしたのは、たしか大学生のころ。一週間かけて、紀伊半島を一周した。

一人で長時間電車に乗っていると、なんとなく不思議な気分になってくる。はじめは、一人の時間の過ごし方がわからず、なんだか落ち着かなかった。居眠りしたり、窓の外を見つめていたりを繰り返しているうち、だんだんと落ち着いてくるのが、また不思議だった。

那智の滝、太平洋に沈む夕日、三日月島、千畳敷の景色は、今でも忘れられない。あと、わけもわからず特産のクエ(時価)を食べて、会計のときに大変痛い目にあった。

尾道にも、よく行った。よく、と言っても、遠いので、五回くらいしか行ってないが。最後に行ったのは、四年前くらいだろうか。ロードバイクを担いで、しまなみ海道を走りに行った。

尾道から船で水道を渡り向島へ、そこから瀬戸大橋に沿って、愛媛県今治市まで走る。季節はたしか真夏で、自転車で走っている間中、瀬戸内に降り注ぐ強い日差しに当てられていて、死ぬかと思った。

尾道と今治をつなぐしまなみ海道は、全長約90キロ、サイクリングロードとしてはよく整備されているため、難易度は高くない。よく走る人なら、片道3時間程度で完走するそうだが、寄り道したり、へばったりしてたら、10時間かかった。

その晩は今治で一泊し、翌日また自転車で尾道へ戻る予定だったが、翌日もしっかりへばっていたので、結局バスで尾道へ戻った。敗北である。

山陽地方が大好きなので、尾道へ行くときは、倉敷にも必ず立ち寄る。古い町家が綺麗に保存されている、美しい街だ。大原家という、地元の名家が保存に尽力しているらしい。素晴らしいことだと思う。

倉敷市の美観地区内には、大原家が運営する「大原美術館」がある。私は、今まで行った美術館のなかで、ここが一番好きだ。実はバチカン美術館(バチカン市国)とかにも行ったことがあるが、個人的にはバチカン美術館より大原美術館のほうが好きである。

言い方は悪いかもしれないが、「富豪のコレクション」であることが、色濃く感じられる。大原財閥の祖である大原孫三郎が、若手画家・児島虎次郎のパトロンとなり、児島をヨーロッパに派遣、現地の名作で収集させて完成した美術館。西洋絵画だけではなく、彫刻や日本画なども多く収蔵されている。

倉敷といえば、たまたま入った料理屋で、大変恥ずかしい思いをしたことがある。カウンターの前に瀬戸内の魚の切り身がズラリとならんでおり、その中に「マナガツオ」と書かれた札があった。当時の私は、「マナガツオ」という名前の魚について知らなかったので、なんの気なしに「マナガツオってなんですか?カツオの仲間ですか?」と尋ねたところ、苦笑を浮かべた板前さんから「お客さん、普段はお魚とか食べられないんですか」と言われてしまった。

その時は大変頭にきたものだが、よくよく調べてみたら、マナガツオは瀬戸内海を代表する魚で、当地では大変広く食べられているらしかった。板前さんからしたら、「マナガツオってなんですか?」なんて訊いてきた私は、とんだ常識知らずのマヌケで、そりゃ苦笑いもしたくなるだろう。

あるいは、瀬戸内で有名な魚を知らないということで、板前さんの心証を害してしまったかもしれない。いずれにせよ、大変申し訳ないことをしたと、今は反省している。料理は文句なしで美味しいお店だったので、次に倉敷へ行った折には、ぜひまた行きたいと思う

富山も好きだ。富山は庭みたいなものだ。

富山には、桜木町という繁華街があって、ここにクラブやスナックなどの飲食店がひしめいている。ここのビル群が、素晴らしい。飲食店を収容するのに必要な合理性と、盛り場に必要な豪勢さを兼ね備えている。私は繁華街を見るのが好きで、結構いろんな地域を見たけど、これだけ同種のスナックビルが林立しているのは、富山の桜木町くらいじゃないかと思う。よく知らないけど。

あと、人が優しい。仕事を辞めてから、無職のときに富山へ一人旅をした。辛気臭い顔をして飲み屋のカウンターに座っていたら、隣席のご夫婦が気を使って、声をかけてくれた。そのままご一緒させてもらい、最終的に、宿を取ってなかった私をご自宅に泊めてくれた。大変ありがたい思い出である。

一人旅のカテゴリーに入るのかわからないが、職場でのパワハラに耐えかね仕事をバックレ、そのまま三週間ほど東日本を放浪したこともあるが……それはさておき、私の一人旅の話はこれくらいにして、長くなってごめんね。「一人旅はいいぞ」という話をしたい。

私が人になにかを勧めることは、あまりない。なぜなら、自分に自信がないので。でも、これだけはというものは、人に勧めていきたい。そして、一人旅は、絶対に人に勧めたい。

一人旅って書くと、なんか特別な感じがするけど、要するに「旅行」であることには変わりない。一人旅を一人旅としてユニークなものたらしめているのは、やはり「一人」であることだろう。一人であることと、二人以上であること、その差異に注目しながら、一人旅の良さを伝えたい。

1.自由に行動できる

私は、協調性がない。マジでなくて、他人と一緒に行動していると、それだけで、多かれ少なかれストレスを溜めてしまう。たとえ相手がどれだけ親しくても、たとえ妻と一緒であってもである。もうなんかの病気なんじゃないかと思うほど協調性が無い。

なにがストレスの原因なのか、よくわからない。多分、私の精神性が幼くて、他人が自分の思い通りにならないと、イライラしちゃうんだと思う。もうどうしようもないんだけど、とにかく他人と一緒に行動してると、それだけでイラつく。

一人旅なら、そういうストレスを感じなくてもいい。なぜなら一緒に行動する他人がいない、一人なので。

どこへ行くにも、なにをするにも、なにを食べるにも、どこへ泊まるにも、他人に気兼ねする必要はない。他人の意見や、顔色を伺う必要もない。他人を待ったり、待たせたりする必要もない。完全に自由である。

以前の私は、街を歩き回るのが大好きだった。気になった・気に入ったエリアがあると、その周囲をグルグル五周も六周もして、眺めるクセがあった。写真を撮るのも大好きで、おなじく気になった・気に入った風景があると、いろんな角度から、いろんな構図で、小一時間かけて写真を撮るのがクセだった。しかし、あるときこれらが原因で、一緒に旅行していた人から激怒されてしまった。これだから、二人旅はイヤだ。

また、旅行先では歩く、とにかく歩く。多いときは一日20キロくらい歩いていたのだが、これでも、一緒に旅行していた人から激怒されたことがある。私からは、事前に「歩きやすい靴を履いてくるように」と伝えており、ここで察してほしかったのだが、残念ながら激怒されてしまった。これだから、二人旅はイヤだ。

あと、これは自分でも理解できないのだが、旅行中マジでわけのわからないところを見に行きたがるクセもある。地域の地図で見つけた小さい公園とか、小さい庭園とか、あとマイナーな史跡(大抵荒れ地になっている)とか。こういう突発的なのを人に押しつけるのはよろしくないし、だれかと一緒に旅行をしているときにこうなると、また激怒される。これだから、二人旅はイヤだ。

2.計画が要らない

複数人で旅行をするときには、ある程度の計画が必要になる。なにかしら集団行動になるから、時間や行程を、ある程度詰めておかないといけない。

たとえば、妻や友人と旅程行程を詰めていくの、楽しいは楽しいんだけど、個人的には結構エネルギーを使う。端的に言えば、気合が要るしダルい。

旅行先で行きたい場所は、みなそれぞれだろう。史跡へ行きたい人もいれば、名所へ行きたい人もいるし、盛り場へ行きたい人もいれば、温泉へ行きたい人もいるだろう。割きたい時間も、みなそれぞれで、たとえばゆっくりランチをとりたい人もいれば、食事時間なんてかっ込む程度でいいという人もいるだろう。

そういうギャップを考慮しつつ、いちいち話し合うの、私はすごくしんどい。大抵、途中でイヤになって、一緒に旅行へ行く人へ丸投げしてしまう。そうおいそれとできることではない。

かといって、複数人で計画なしに旅行すると、絶対に途中で揉めたり喧嘩したりして、途中で別行動することになる。絶対、絶対にだ。そうなると、もう複数人で旅行する意味がない。みんなで旅行へ行くなら、計画は必須である。

その点、一人旅は気楽だ。朝起きて、準備をして、適当な電車に乗って……目的地と宿くらいは決めておくのがいいかと思うが、最悪なにも決まっていなくても旅行はできる。なぜなら一人旅、自分がよければ、すべてよしなので。

私は、とりあえず大まかな目的地だけ決めて、現地についてから、具体的な行き先と宿を探すことが多い。あらかじめルートを決めておいても、現地の風景を見たら、気が変わってしまうことはままあるし、現地の観光案内とかを見ながら、行く場所を決めていくのが楽しい。

基本的に行き当たりばったりで、たまに事故というか、わけのわからない場所へ行ってしまうことなどもあるが、そういうのも旅の妙味だし、多少のトラブルにあっても、どうせ一人だから問題ない。

3.一人になれる

私は、他人と一緒にいるだけでストレスが溜まるんだけど、かといって完全に一人きりになりたいわけじゃない。一人きりはさみしいし、私はだらしないから、一人きりでは生きてはいけないし、みんなで楽しくやるのは大好きだ。

だいたい、心から一人きりが好きなら結婚なんてしてないし、友人だっていらない。妻と一緒にいると幸せだし、友人と一緒にいると楽しい。心の底では間違いなく「だれかと一緒にいたい」と思っている。

一人きりになりたくないと思う反面、一人きりになりたいと思っている。ジレンマである。そして非常に虫のいい話だが、たまには一人きりになりたい。そんなときの一人旅である。

いや別に「一人で飲みに行く」とかでもいいんだけど、たまにはガッツリ一人の時間を取りたくなるときもある。「近所のビジホに泊まる」とかでもいいんだけど、それではあまりにも情趣がないし、なんとなく勿体無い気がする。だから、一人で旅行をする。

一人きりの時間、それも、遠方で過ごす時間というのは、素晴らしい。見知らぬ景色の中で、知らない人に囲まれて過ごす時間は、得がたい快楽だと思う。今はスマホがあるから、昔のように完全な孤独感を味わうことは少ないかもしれないけど、普段過ごしている環境と、物理的に隔絶されるという機会はたまらない。

20代のころは、一人で旅をしていると、旅先で思いがけない出会いとかあったりしたが、30代になったら、不思議とそういうことがなくなった。あれも、若さの価値だったのかもしれない。

旅行中に、特別なイベントがあるわけではない。ずっと一人でぼーっとしている。しかし、この時間のために、旅に出ている。なににも煩わされない時間というのは、案外貴重なものだ。家にいたら、生活の細々したことが気になってしまうし、家族がいたら落ち着かないときもあるし、休みでも仕事の電話は掛かってくるし、友人からの誘いや、街の誘惑とかもあるかもしれない。旅に出てしまえば、そういったものからは、一切解放される。

昔は、夜の街歩き、地の酒と肴も楽しみだったけど、最近は体力もなくなってきたので、ホテルの部屋で、一人ぼーっとして過ごすこともよくある。いつもと違うベッドに横たわって、することといえば、大抵スマホをいじってたりで、いつもと変わらなかったりする。でも、心持ちはいつもと全然違って、さみしさを強く感じる半面、なんのストレスも感じずにいられる。

別になにか目的がなくてもいい。完全に「自分一人だけのために」時間とお金を使う、めちゃくちゃ贅沢だと思うし、すごく喜びを感じる。なにより、私には、こういう時間が必要なんだと思う。

4.一種のイニシエーションである

これは同意を得られないかもしれないけど、個人的に非常に思うところがあるので書く。若いころの一人旅というのは、一種の通過儀礼であると思う。

旅行するなら当然のことだが、旅程を考えて決めたり、交通機関や宿を手配したりといった一連の手続きを、自分でしなければならない。誰の力も借りない、誰にも相談しない、誰にも依存しない。自分で決めた時間の電車に乗って、自分で決めたルートで、自分で決めた場所へ行く。これだけで、十分な成功体験になりうると思う。少なくとも私にとってはそうだった。

私が旅行を好きになったのも、たぶん最初の一人旅でいい思いをしたというか、「きっちりやり切った」という感触を得られたことが大きいと思う。今思い返せば、たんに電車に乗って紀伊半島を回っただけで、特別なこと・とりわけ面白いことはなにもなかったのだが、一週間の行程を、ほぼ自分の計画通りにやり切ったこと、途中のトラブルなんとかを乗り切ったことなども、のちの自信につながったんだと思う。今でも、旅行を終えるたびに、謎の達成感を味わっている。

若い人に「旅に出ろ!」とか言うのは、最高にオジサンっぽくて心底嫌なんだけど、一人旅をするなら、若いうちにしておくべきだと思う。一連の手続きを一人でやり遂げることはそんなにむずかしいことではないし、旅程を決める際の企画力や段取り力、予約云々の事務能力は、社会に出てからも、絶対に役に立つ。

一人で旅をしていると、自分の行動一つ一つがダイレクトに自分へ返ってくる。今日贅沢をすれば、明日は粗末な飯を食う羽目になるし、宿を取り忘れれば、そこらへんで寝る羽目になる。一人旅だから、大概の場合誰も助けてくれない。

だけど、それがいい。そういう緊張感も一人旅の醍醐味だと思う。なにかミスっても、自分一人が痛い目にあうだけで済むという気楽さもあるし。

あと、結局、一人が好きなんだろうな。誰かといると、いつもどこか落ち着かない。ときどき頓服薬のように一人旅に出て、孤独感を補給しないと、やっていけないんだと思う。

これは皮肉じゃなくて、心の底から、一人旅が必要ない人がうらやましい。私は、必要に迫られて一人旅をしている。一人旅をせざるをえないから、している気がする。今の環境が合っていないとかじゃない、多分どこにいても、居心地の悪さみたいなのを感じてしまうのだろう。たまにフラッと、消えてしまいたくなる。そういうときの気持ちの受け皿が、一人旅なのであって、正直に言えば「楽しい」とは違う。必要なものだけど、多分必要ないほうがいい。

その日暮らしに憧れている。一人旅って、一種のその日暮らしな気がする。期間は短く区切られているけど、在所を定めず、日々あちこちを転々として生活していくところが、よく似ている。そういう暮らしがしたいのかもしれないけど、できないから、かわりにときどき旅行をするのかもしれない。

生きづらさを抱えた一人旅おじさんなので、こんなことばっかり考えてしまうね。

一人旅をしたことがない人と話していると、「(一人旅は)怖い」という話をたまに聞く。正直、スマホでブログを読める環境とリテラシーがあれば、野宿するようなことにはほぼならないので、安心してほしい。そこそこの駅周辺であれば、必ず宿泊施設はあるし、電話とネットがあれば、問題なく予約できる。

それに、日本はなんだかんだ言って治安がいいので、よほどウッカリしているか、よほど運が悪くない限りは、犯罪に巻き込まれることはないと思う。案ずるより産むが易しの精神で、ぜひトライしてほしい。旅先で浮かれて、トラブルに見舞われることに関しては責任は取れませんが……。

あと、「つまらなさそう」と言われることもあるけど、これに関しては反論の余地がまったくない。なにをもって「楽しい」「つまらない」とするかはむずかしいが、私の一人旅の様子を見ると、「ワイワイしている」「笑い声が絶えない」みたいな客観的な楽しさは、一切ないな。終始一人きりで、黙りこくっているので。

先に書いたように、私自身も「一人旅は楽しいか?」と聞かれれば、答えに詰まる。でも、たまに一人になってみるのはいいことだと思う。それも、部屋で一人ぼっちとかじゃなくて、知らない土地で、完全に一人ぼっちになること。自分に紐ついたモノやヒトが一切ない状態。味わうと、クセになる人は多いんじゃないか。

「ちゃんと行けるか不安」という人もいる。「ちゃんと」ってどういう意味なのってたずねたこともあるが、どうもプランを立てて、一人でそれを消化できるか、有意義な時間にできるか不安ということらしかった。

これももう「案ずるより産むが易し」案件である。一人旅に、成功も失敗もない。「一人旅したい!」と思い立ったら、とりあえず行ってみなよと思う。私の場合、ひどいときだと「とりあえず朝一の電車に乗って、その日の電車で行けるところまで行く」みたいな旅行をすることもあった。メチャクチャ疲れただけで終わったが。これくらいの気構えでいいと思う。

途中でトラブルに見舞われたって、旅程がメチャクチャになったって、一人旅だから、自分が困るだけで済む。私は、昼間歩きすぎて、ホテルにチェックインすると同時に就寝することとかが、ザラにある。夜に酒を飲みすぎて、翌日は二日酔いでなにもできなくなることもよくある。

でも、毎回、後悔は一切ない。ダメだったらダメでいい。一人で旅に出て、自分だけの旅程を、自分だけの大切な時間を作っていく、それを大事にしている。

旅は素晴らしい。一人旅に限らず、何人で行っても、それぞれの楽しさがあるからいい。旅が大好きだ。あれこれ書いたが、妻と旅行するのも、友人と旅行するのも大好きだ。

ただ、やはり一人旅には、一人旅だけのよさがある。これだけ書いておいてなんだが、核心を文章で表すのは、とても難しい。けど、一人旅はいいものである。

「一人旅をしてみたい」という人、是非してみてほしい。私が感じるよさとは、違うよさを感じられるかもしれない。もしかしたら、つまらないかもしれない。でも、とりあえず一回はしてみてほしい。一人旅をせずに終わるのはもったいない。

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