ちゃんとしたい

02.メンタルヘルスのこと
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「ちゃんとしたい」って言っても、べつに大金持ちになりたいとか、超有名になりたいとか、そういうわけじゃなくて、単に毎日の暮らしを心配なく送れるようになりたい。

三年前に上京、翌年結婚して、今は妻と二人暮らし。二年前は、普通に会社勤めができていた。たまに妻と喧嘩をしたり、毎夏風邪をひいたりしていたけど、なんとか休まず会社へ行っていた。

一年前、持病の精神疾患が悪化して、会社を辞めた。退職はしたが、会社からはすごく厚い配慮をいただいていて、当面は金銭面での心配はしなくてもいい。すごく厚い配慮なので、向こう数年くらいは、なにもしなくても、妻と二人で生きていける。

こういう状況だから、いろんな人から「焦らなくてもいい」「ゆっくり身体を治すべき」「やりたいことをやるいい機会」などと言われる。私も、そう思う。働く目的って、第一はお金の気がするし、個人的にはお金以外ないとも思ってるんだけど、じゃあ生活するための金はあるんだから、無理して働かなくていいじゃん。そう思うのは当然だと思う。実際、今は働いてないし。

でも、焦る。考えてみてほしい。向こう数年はなにもしなくてもいい期間があるとして、その期間が終わったら? 私はただの無職で病気のオジサンで、そこから再スタートを切らなければいけない。無理だろ。就職するにしても、職歴に穴のある三〇半ば無職のオッサンがつける仕事なんて、ごくごく限られるし、そのうえ私は精神疾患なんだよ。自営でなにかを始めようにも、特別なスキルもない、積み重ねてきた経験もない。営業だけは人並み程度にできるけど、フリーの営業とか、地獄しか見えない。

最近、通っている精神科でカウンセリングを始めた。費用は相場と比べれば安いが、それでも一回5000円する。当然、複数回通うことが前提だから、トータルにすると結構な金額になる。それでも、これがもしかしたら、私の悩みを解決する一助になるかもしれないと思って、ある程度の期待を持って始めた。今までに4回くらい受けたが、いまのところ、感覚として、なんの助けにもならない。

私の悩みは、大きく二つ。一つは生育歴、親との関係。昔から、親の言うことに逆らえない。親になにか言われると、すぐ折れてしまう。親の前だと、強い無力感を感じる。進学は、全部親の意向に沿うように決めたし、最初の就職もそうだった。はじめの会社でうつ病になって、それでも退職せずにズルズルと勤め続けてしまったのは、親から「そうしろ」と言われたからだ。いい年して情けない話だけど。

以前、親にこの話をしたら、「私たちが悪いっていうのか」と言われた。もうこの話はできない、するべきではないと思った。ただ、今でも、心の重荷になっている。

話は少し変わるが、この間結婚式を挙げた。結婚式には両親も呼んだのだが、当然のように揉めて、最終的に「言うとおりにしないなら行かない」と言われ、親の言うとおりにした。親と関わる機会は、これが最後になると思うが、一つの勝ち星もあげられないまま終わってしまうのは、少し悔しいので、これからは積極的に関わっていくかもしれない。

もう一つが、病気のことと、働くこと。

正直に言えば、さっさと就職したい。いや、会社で仕事をするのはイヤなんだけど、選択肢としては一番とりやすい。だって、就職すれば、毎月決まった日に、決まった額のお金が貰えるんですよ。貯金の計画や、人生設計もしやすい、これ以上のことはない。

では、なんで就職をためらうかっていうと、やっぱり病気のことなんだけど。私は、双極性障害(躁うつ病)で、気分に大きな波が出てしまう障害なんだけど、過去の推移を見るに、3~4年周期で、どデカい波がくる。双極性障害について、詳しいことは各位調べて下さい、症状には個人差がありますが、私の場合、デカい波がくるとどうなるか。生活が破綻する。布団から起き上がれない、部屋から出られない、風呂に入れない、トイレに行けないなど。薬を飲んでも、薬の量を増やしても、押さえられない。そして、そういう状態が長期間続く。短くても数ヶ月、長いと半年以上続く。

昔、病気に対する自己理解が足りていなかったころは、よく躁状態(アッパーな状態)になっていて、ここには書けないようなことを、よくいたしてしまったものだが、最近、そういうことはわりと少なくなった。ときどき妻を、勢い任せになじってしまったりするので、全部がなくなったわけではないだろうが。

なので、最近の主な課題は、うつ状態。ダメになるときは、うつ状態のときが多い気がする。過去にODしたときも、仕事をバックレたときも、そのあと首を吊ろうとしたときも、大体うつ状態だったと思う(躁うつ病には、躁とうつが混ざった混合状態というのもあるらしいが、これはどんな感じなのかよくわからない)。

最近も、うつがひどい。ずっと動けないというわけではないが、ときどきふと希死念慮がわいてくる。それも、キツめのやつ。最近の希死念慮のトレンドは、「過去の自殺未遂が成功していたらよかったのに」みたいなやつ。そういうときは、全部Twitterなどに吐き出す。あとは、枕に頭をうずめて、やり過ごす。あと、歳をとったせいだろうか、低気圧でうつがひどくなるようになった。雨の日の前日とか、大抵メソメソしてる。

話は逸れたけど、要するに「三~四年に一回、数ヶ月~半年間、職場を離れますって、こんな雇用条件あんの?」という話で、多分ない。今は、探すことすらバカバカしくなっている。いや、探してはみるけど。あったら紹介してほしい。

こういう話を、まとめてカウンセラーさんにしたら、問題はすえ置きで「とりあえず、仕事を探してみては?」という話を、毎回される。だから、仕事を探すために、まず私のなかのわだかまりみたいなのを、なんとかしようぜって言ってんの。これ以上は悪口になってしまうので、差し控えます。

カウンセリングへ通うようになって、カウンセリングをちゃんと受けるために、自分の人生の棚卸というか、振り返りをしている。そうしたら、本当に昔へ戻りたくなった、今がイヤになってしまって、悪い気づきを得てしまった。時間は不可逆だし、昔へ戻ることなんて不可能なんだから、考えるだけ時間の無駄なんだ。

だいたい、今は新しい家族がいて、毎日仲良く暮らしている。幸せじゃんと思う。人からも、よくそう言われる。たしかに、すごく幸せなんだけど、やはり足りてないものがある。そしてそれが、致命的な欠落なんだ。誰の人生にも、足りてないものはある、戻りたい過去はあると思う。でも、みんなそれを、自分のなかでやりくりして生活してるんだろう。そのやりくりが、できない。全然できない。

さっき「過去の自殺未遂が成功していたら」という希死念慮のことを書いたけど、これもカウンセリングの副産物だ。自分の人生、階段状に悪くなってきていて、階段を一歩下りる瞬間が、自殺未遂のタイミングだったんだと思う。もちろん上がってることもある。上京とか結婚とか、階段を上がったっていう表現は違うかもしれないけど、自分の生活でいえば、進歩だと思う。

でも、感覚的には、上京も結婚も就職もすべて「周辺の出来事」であって、自分の背筋というか、中心は、やっぱり病気なんだよな。病気を中心に考えれば、人生は今も順調に悪くなっていっている。死ぬのは怖い、次いつ階段を下りるのかを考えると、本当に怖い。カウンセリングなんて、受けないほうがよかったんじゃないか?

過去に三回自殺未遂をして、今生きてる確率を計算したら、四分の一らしかった。どういう計算をしたのか、覚えていないけど、おなじ人生を四回繰り返したら、三回は死んでいるのだ。あるいは別の世界の私は、しっかり死んでいるのかもしれない。

大人になりたいなあと思う。不平や不満は、すべて飲み込んで生きていきたい。出すとしても、週末に居酒屋で吐き出すくらいでいい。世の中の大人、多分自分より年下の人とかも、いまやそうして生きてるのではなかろうか。

不平や不満が、気持ちのド真ん中に鎮座していて、それで動けなくなってしまっているのが私だ。なんとかして早く洗い流したいが、少なくともカウンセリングは上手くいっていない。

事故や病気などは致し方ないとして、できれば、自然死するまで生きていたいと思う。自殺は、絶対にしたくない。親はともかく、妻を悲しませたくない。妻のことがいつも心配だから、妻の人生を見届けてから死にたい(人の心配をしている場合ではないが)。

だから、自分もできるだけ落ち込みたくない。落ち込むと危ない。私を悲しませるようなことは、なにも起きなければいいと思う。でも、他の人に気を使わせるのは嫌だ。「あの人は、躁うつ病だから、多少のわがままは許してあげなきゃ」みたいになるのは、本当に嫌だ。なので、品行方正を心掛けたい。

とりあえず、何年かのうちには、ある程度のお金を稼げるようになりたい。2~3年働いて、1年休むみたいな仕事はないかな。もっとも、3年みっちり働くのはムリだが。探す前から「ない」と決めつけるのは、愚かだ。ツチノコはいるし、徳川埋蔵金もある。とりあえず、合いそうな仕事や職場について考える。

病気になってしまったことは、受け入れるしかないのだから、早く受け入れたい。ネガティブに受け入れるのではなく、結婚したときのように、穏やかに受け入れられるとよい。

躁うつ病の症状や、落ち込みも仕方ない。お医者さんに相談したり、自分で工夫したりして、少しでも気分の波を押さえつつ、大きな波への対策を見つけたい。

あとは死ぬまでつつがなく日々を送っていきたい。これ以上の望みはなにもない。ちゃんとしたい。

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