Twitterのアカウントを消した

02.メンタルヘルスのこと
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先日、2016年11月から使っていたTwitterアカウント @amanatsu_tri を削除した。

フォローが900くらい、フォロワーが3600くらいと、それなりに「育ってきた」アカウントだったが、削除した。

理由は、いくつもある。

情報がコントロールできない

フォロイーもフォロワーも増えすぎて、情報がコントロールできなくなってきた。

フォロイーが増えると、入ってくる情報量も増える。フォロイーの考えや暮らしを見たいからフォローしているのだが、そのなかには、当然ながら不必要な情報・不愉快な情報も入ってくる。

さまざまな分野に対して関心はあるが、基本的には心穏やかにTwitterをしていたい。あまり攻撃的な言葉や、トゲトゲしい表現には触れたくないし、揉め事には関わりたくないし、見たくもない。

フォロワーが増えすぎるのも、よくない。

自分の発言が、歪んだ解釈をされて拡散されるのもイヤだし、それに対して、いちいちリアクションをされるのもイヤだ。

Twitter、140文字しか書けないから、1つのツイートに込められる情報量は、ごくごく限られる。私とツーカーな人なら、140文字でも「なるほどね」「そういうことね」と意思疎通ができるかもしれないが、大多数の人はそうではない。

そういう人が、私の1ツイート、140文字だけを見て、なにを思うか、なにを感じるか。考えてたら、怖くなってきた。

自意識が肥大化してきた

分不相応にフォロワーが増えすぎたことで、自意識が肥大化していた。かつては、3600人の人が、よくも悪くも、私のことを見てくれていた。

テキトーなツイートをしても、少なからぬフォロワーが「いいね」やリツイートをしてくれて、私の承認欲求を満たしてくれていた。

そうすると、ついつい調子に乗って、言わなくてもいいことを言ってしまう。言わなくてもいいことを言っても、だれからも咎められないどころか、「いいね」をもらえたりする。

そうすると、だんだん「なにを言っても許される」ような雰囲気を感じてしまう。実際は、そんなことありえないのだが。

ひとつめに「攻撃的な言葉や、トゲトゲしい表現には触れたくない」と書いたが、攻撃的な言葉やトゲトゲしい表現は、人の心に刺さりやすいし、人のリアクションを得やすい。

なので、私自身も、つい乱用してしまっていた。

私の無神経で身勝手な発言のせいで、不愉快な思いをさせてしまった人も、少なくないと思う。なにもかも、肥大化した自意識が悪い。

フォロワーが増えすぎた

そもそも、なんで私に、3600人もフォロワーがいたのかがわからなくなった。

私は、別に特別おもしろいことをツイートしているわけではないし、なにかの専門家でもないし、芸能人や著名人でもない。ただの一般人である。

もっと言えば、社会的なステータスは低い。仕事もしてないし、食うや食わずやの暮らしを送っている。そんな奴のツイートを見て、おもしろいのだろうか。おもしろがってたとしたら、かえって気持ち悪い。

3600人というフォロワー数は、決して多くはない。探なくとも、フォロワー数が数千だ、数万だというユーザーは、山ほどいる。

でも、そういう人たちは、オーディエンスに対して、なんらかの価値を提供している。

知識であったり、情報であったり、思想であったり、生き様であったり、人生であったり、生活であったりを、切り売りしている。

私も、ある意味生活の切り売りをして、数字を稼いでいたのかもしれないけど……個人的には、そういうことはしたくない。「ネットの有名人」にはなりたくない。あくまで、地に足をつけて生活していたい。

Twitter依存症

Twitterで承認欲求を満たしていくことで、Twitterがどんどん自分の「居場所」になっていく、Twitterに依存していくのを感じていた。

現実では、私の言葉に耳を貸す人などだれもいないのに、Twitterにはたくさんいた。目に見える形で、リアクションも来る。正直に言えば、すごく気持ちがいい。

ただ、先に言ったように、私はべつに「ネットの有名人」になりたいわけではないし、現実を生きていかなければならない。

イヤな言い方になるが、Twitterのフォロワーがどれだけ多くても、Twitterでどれだけバズっても、一文にもならない。なかには、Twitterからビジネスにつなげた人もいるが、私にはそういう才覚は多分ない。

Twitter、飲酒や喫煙とおなじで、たしなむ程度にしておけば、非常によい娯楽だと思う。実際、楽しいことは今までたくさんあった。ただ、最近の自分の生活ぶりを見ていると、Twitterが娯楽の域を超えて、Twitterのために生活がないがしろになっていた。

自分のツイートへのリアクションが気になって仕方がない、延々とタイムラインを更新し続ける、立派なTwitter依存症だと思う。

しかし、TwitterはしょせんTwitterでしかない。私が生きなければならないのは、Twitterではなく現実で、Twitterに自分の居場所を求めたところで、仕方がないことだと思った。

メディアとして使う

もう少し上手に使おうと思った。

Twitterは、有用なメディアだと思う。前のアカウントで、noteの記事やブログの記事をシェアすれば、少なくとも3600人には届いた。

問題は、コンバージョンである。前のアカウント、発言や活動が雑多すぎたので、当然フォロワーも雑多になっていた。私のコンテンツに興味がある人もいれば、そうでない人も多い。

たとえば、noteの記事をTwitterでシェアしても、日のPVは300いけばいいほうである。つまり、全フォロワーの1/10以下しか、記事を読んでくれていない。

ここを、もっとソリッドにしたい。私のコンテンツに興味がある人にだけ、私のコンテンツを届けたい。伝えるべき人に、伝えたい言葉を伝えたい。

あと、雑多な配信をやめたい。私が伝えたいことは、私が伝えたいこととして、しっかりある。それはブラさないようにしたい。

前のアカウント、私の感情のはきだめ、ゴミ箱みたいなものだった。それはそれで必要なのかもしれないが、少なくともメディアとしては機能していなかった。

今後は、メディアとしての機能を、強く意識していきたい。日常の雑多なことは、もうツイートしない。多分めちゃくちゃ味気なくなる、つまらなくなるが、個人的にはそれでいい。

承認欲求の話に戻るが、日常の雑多なことをツイートして、「いいね」を稼いで、気持ちよくなったとして、一文にもならない。せっかく有用なメディアなのだから、もっと上手な使い方をしたい。

おわりに

長々書いたが、要するに「イヤになった」この一言に尽きる。

Twitterを見て頭がグチャグチャになるのがイヤだし、分不相応に増えすぎたフォロワー数もイヤだし、ムダな時間を過ごすのもイヤだし、なにより、Twitterをしている自分自身がみっともなくてイヤだ。

かといって、Twitterは止められない。

Twitterを通して出会った素晴らしい人々、これからもつながっていたいし、付き合っていたい。あと、私にはもうTwitterしかねえンだ……。

というわけで、新しいアカウントを作りました。

新しいアカウントでは、主にnoteやブログの更新情報などを流すつもりです。

日常のこまごましたことは、もうツイートしないけど、たまに食事や旅行の写真くらいは上げるかもしれない。

よかったらフォローしてください。

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